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ハルヒ 19歳/181cm/大柄 フレイと一緒にいる双子の弟。姉・カスガとフレイに振り回 されている。レッドコメット団の印である黄色のロングスト ールは腰に巻いている。3人の中では一番常識人。 元々孤児であったのを姉と一緒にフレイの父親に拾われた。 フレイに密かに恋心を抱いているが言い出せないでいる小心 者。 ◆◆◆◆◆
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ハルヒ /' / / / | ! !ヽ ヽ、 | | |\ ! |、`ゝ | //~‐--、_ v | | ! \ ! ! |~~| / ̄ヽ | |\、//~/ ´| !/ ~Y、 !、.! ! \ ! ! / | / | | |、 ヽ ゝ、_.| | /´~ ̄`ヽ、! \ ヽ \ | !/ ̄~|/ヽ | ! |ヽ/´ヽヽ/ /、| | イ、 /〇。 1\ \ヽ イO。 ! \ .|イ |〃ヽ / / ∧ | \ ! 色 ! | 欲 / | | | ヽ ヽ./ / / |\ | ヽ '! ´ ! | |、 ! ! / / ||! \ | ヽ~ ̄´ , ~ ̄~` /! / } / ! ヽ| \ ,--――――--、 /! //ヽ ! ! 从、 |/´ `\| /-/ / ヽ! !、 ヽ | | ノ/ /. | ! ヽ \ \ ヽ / / / / | ヽ ヽ \ \ \ / //// / | \ \ \ "''‐ 、_ -'" ─────────────────────────────────────── 【名前】 【職業】 【ランク】 涼宮 ハルヒ SOS団の団長 レベル 18 こうげき A HP 550 ぼうぎょ B 総カロリー 500 すばやさ A 装備 武器 超団長の棍棒 たまに物理耐性を無視して攻撃できる 防具 超団長の服 斬撃に耐性がある アクセサリ 【技】 魔神斬り 思いっきり殴る 消費カロリー100 単体 盗人斬り 稀に何か盗む 単体 【必殺技】 大魔神斬り 全力で殴る 消費カロリー200 単体 【スキル】 『極端富豪』 自動 得意なものは成長が早いが苦手なものは成長しない 『特攻団長』 任意 攻撃力が2倍になるが、受けるダメージも2倍になる 『神様の言うとおり』 自動 攻撃を外した場合、次の攻撃を必中にする 『破天荒勇者』 自動 素早さが上がるが、かばうなどの対象に出来なくなる 【備考】 美食屋組織SOS団の団長 キョンにイワンコフ牛を食わして女にした張本人 ある意味刹那に負けないくらいの変態 スキル『極端富豪』持ち
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…目的地に着いたのはいいが。未だ返信が来ないのはなんともな… 果たしてチャイムを鳴らしてしまっていいものだろうか? …まあ、もう来てしまってるわけだからな…。とりあえず、俺はインターホンを押した。 …… …… 一向に誰かが出る気配はない。…日曜だから家族総出でどこか遊びにでも行ってるのか?だとしたら、 メールが返ってこないのは一体どういうわけだろうか。単にマナーモード、ないしはドライブモードで 気付かないとか…そんなとこか? …まさかとは思うが、例の未来人たちに襲われたってことはねえよな…? 「…ハルヒ!いるか!?返事しろ!?」 玄関に詰め寄る。…やはり音沙汰が何もない上、玄関のカギは閉まっている。 「キョン…あんた、こんなトコで何してんの…??」 ふと背後から声をかけられる。そして、その姿を確認した俺は安堵の表情を浮かべる。 「…ハルヒか!無事だったんだな…。」 「無事って…?ていうか、人んちの玄関の前で叫んでみたりドアノブをいらってみたり… あんた傍から見れば完全な不審者よ?見つけたのがあたしでよかったわね!」 人が心配になって見にきやがったら…不審者だと!? ああ、確かにそう思われてもおかしくない状況だったかもな。素直に認めます、はい。 「なんとなくお前の顔色を伺いにきたんだよ。もう回復したのかなーなんてさ。」 「だからさ、大したことじゃないって言ってるでしょ。その証拠に…ほら。」 ハルヒが左手に提げている買い物袋を俺に見せる。 「お前買い物行ってたのか?」 「そうよ、夕食の買い出しにね。夢タウンまで。」 「夢タウンって…こっから3、4キロくらいはあるぞ?そんな遠くまで行ったのか。」 「大安売りの日だったからね。背に腹は変えられないわ!」 なるほどな…まあ、そんな遠方まで自転車で買いに行けるような体力があるんなら、 特に俺が心配するようなこともないのだろう。 「そうそう、俺は一応お前んち行くってメールしたぞ。なぜ返信しなかったんだ。」 「あ、そうなの?それはゴメンね。携帯、家に置き忘れてきちゃったから。」 そういうことか… 「まあ別にいいけどよ。携帯ってのは何かの非常時とかに有効だし、 なるべくなら肌身離さず持ち歩く癖はつけてたほうがいいと思うぜ。」 「ふーん…何?このあたしがどこぞの馬の骨とも知れない輩に襲われる心配でもしてるっての?」 お前をつけ狙ってる未来人がいるから注意しろ!とは言えねえなぁ… 変に言って刺激を与えてしまえば逆効果になる恐れだってあるし… 「いや、まあ、念のためだ念のため。」 「ま、持ってるに越したことはないもんね。次回から気に留めておくわ…。」 …… …気のせいだろうか?どこかしらハルヒの声が弱弱しく聞こえるのは… 俺の考えすぎか。 「…あ」 「どうしたハルヒ?」 「忘れた…」 「忘れた?何を?」 「カレー粉…」 …… どうやら今日のハルヒの夕食はカレーらしい。そういや買い物袋にはじゃがいもやにんじん、牛肉が ちらほら見える。それにしたって、カレーの基本であるカレー粉を忘れるなんてよっぽどだな。 しかも、それがあの団長涼宮ハルヒときた。やっぱまだ本調子じゃねえんじゃねえか?と疑いたくなる。 「あんた今あたしをバカだと思ったでしょ!!?」 「あー、いや、気のせいだ。気のせいだぞハルヒ。」 「まさかあんたの前でこんな失態を晒すなんてね…不覚。」 「気にすんなよ。人間誰にだって起こりえることさ。」 「あたしだって、あんなことなけりゃ気疲れせずにす…」 ん?何だって? 「いや…何でもないわ。とにかく、買ってきた食材を家に置いてくるから キョンはそこで待ってて。どうせヒマなんでしょ?」 そう言ってハルヒはカギを開けて家の中へと入っていく。…あの調子だと、 どうやら俺を否応にも買い物に付き合わせるつもりらしい。うむ、まったくもってハルヒらしい。 …まあ、もともと今日はハルヒと一緒にいようと思ってたから、結果オーライなんだが。 …それにしてもさっきハルヒは何を言おうとしたんだ?気疲れ?もしかして昨日長門が言っていたような… ハルヒを昏睡状態に陥れた電磁波とかいうやつが今だ尾を引きずってんのか?いや、それは違うな。 ハルヒをタクシーで送ったあの夜、特にハルヒから何かしらの異常を報告された覚えもないし… 時間が経って悪性の症状を引き起こしたにせよ、長門曰く…異常波数を伴う波動だ。 ならば、仮にそうであるなら相当深刻な事態に陥ってるとみて間違いないはず。 ところが、ハルヒは軽いノリで『気疲れ』という単語を会話に混ぜてきたではないか。この時点で すでに決着してるような気もする。粗方、テストで悪い点とったとか暖房のエアコンが故障したとかで 気落ちしたってとこだろう…頭脳明晰ハルヒ様なだけに前者はありえないがな。例えだ例え。 操行してる内にハルヒが中から出てきた。どうやら用事は済ませたようだ。 「じゃ行きましょ。」 「それはいいんだが、どこへ買いに行くつもりだ。まさか、また夢まで行くのか?」 「まさか。一個買うだけにそこまで労力は強いられないわ。近くのスーパーで十分よ!」 そりゃ非常に助かる。あんな距離、とてもじゃないが自転車で移動する気になれない… あれ?俺ってこんなにも体力のないヤツだったっけか?いつもならあれくらいの距離どうってことないだろ? いや、体力とか以前に元気が沸いてこな… …ああ、そうか。ようやく気が付いた。 今日まだ何も食べてねえじゃねえか俺…何かだるいと感じてたのはこのせいだったか。 「あんたさ、もうお昼食べたりしたの?」 ハルヒが尋ねてくる。 「昼飯どころか今日はまだ何も食ってねえんだ…。」 「は?何それ、バッカじゃないの??もう3時よ?? 普通朝飯やおやつの一つ二つくらいは食べてくるでしょうに…。」 哀れみの目でこちらを見つめてくるハルヒ。そんな目で見つめるな!仕方ねえだろ…起きたのが 2時過ぎだったんだしよ。まあ、これについてはハルヒには言わないことにする。まさかお前の今後について 本人抜きでファミレスで深夜遅くまでメンバーと会談してたなんて、口が裂けても言えない。 「運が良かったわね、あたしもまだ食べてないのよ。カレー粉買ってくる前にどこかに食事しに行きましょ!」 それは助かるぜ。今の俺には食欲は何物にも代え難い。 とりあえず、安いトコが良いってことで俺たちは最寄のファーストフード店へと足を運んだ。 看板にはMの文字が大きく書かれている。 「ダブルチーズバーガーのセットお願いします。飲み物は白ぶどうで。」 「あたしはテリヤキチキンバーガーのセットを。飲み物はファンタグレープで!」 しばらくして注文の品が届いた。俺たちは空いてるテーブルへと移動する。 …… おお、向こうの壁にドナルドのポスターが貼られているではないか。…だから何だという話だが。 「キョンどこ見てんの?…あら、ドナルドじゃない。」 最近のことだったろうか、俺の部屋に入ってきたと思いきや、いきなり 『ねえねえキョン君見て見て~!らんらんるーだよ~♪』とか言って万歳ポーズをとってきた妹の姿が 目に焼き付いて離れない。そういやそんなCM見た覚えはあるがな…妹曰く、これは嬉しいときにやるもんだとか。 それと、地味に学校で流行ってるんだとか何とか…なんとも混沌とした世の中になったもんだ…と俺は思った。 「そういえば、どうしてドナルドってマスコットキャラクターになんか成れたのかしら?」 「どうしてって…マクドナルドがそういう企画案を出したからだろ?」 「あたしが言いたいのはそういうことじゃない。仮にも国民皆に知れ渡っている有名チェーン店でもあるマックが、 どうしてこんな世にも恐ろしい顔をもつピエロなんかをイメージキャラクターにしたのかってことよ。」 世にも恐ろしい顔って…ドナルドに失礼だぞお前…。 いや、待てよ… 前言撤回、確かに怖い。 夜道を歩いていたとして真後ろにドナルドがいるとこを想像したらヤバイ。 就寝中ふとベッドの側で誰かが立っている気配があったとして、それがドナルドだったらヤバイ。 鏡を見たとき後ろには誰もいないのにドナルドの顔が映ってたりしたらヤバイ。 他にも…って、キリがねーな。 「百歩譲って、これがカジノとかパチンコみたいに大人客が中心の産業なら別にいいのよ。 問題なのはマックは子供たちからも絶大な支持を受けているってとこ。純粋無垢な子供たちが… 果たして妖怪ドナルドの顔を好き好んで食べに来たりするかしら?万一にもいたとすれば、 その子は精神科に見てもらうべきね。間違いなく病んでるわ。」 …ハルヒの言い分はめちゃくちゃなように見えて、実は結構筋は通ってる感じがする…まあ、さっきも 言ったように、俺ですら捉えようによってはドナルドは怖い存在だ。ましてや小さな子供たちは言うまでもない。 「言いたいことはわかるぜ。たいていマスコットキャラクターと言ったらカワイイ風貌してるよな。」 「そうなのよ。だから謎なの…これこそ不思議ってやつ?SOS団もようやく不思議らしいものを見つけたわね。」 おいおいそんなことで不思議になっちまうのかよ…お前の思考はいまいち理解できん。ドナルド様様だな。 …… 「あれだな、こりゃ発想の転換が必要なのかもしれねえぞ。」 「どういうこと?」 「俺の妹がつい最近ドナルドのらんらんるーってマネやってたんだよ。結構面白がってやってたぞ。」 「妹ちゃんが??」 「ああ。そこで俺は思ったんだが…例えばマックは子供、中高生、リーマン、家族と言った様々な顧客層を 開拓してる。つまり大衆向けチェーン店なわけだな。で、たいてい大衆向けともなれば、イメージキャラクター像も しだいと絞られてくるものだ。ポケモンやドラえもん、サンリオキャラのように愛くるしい容姿をしたものにな。」 「じゃあ尚更ドナルドはおかしいじゃないのよ。」 「そうだな。だから発想の転換だ。例えば、柄の悪い不良が… 公園で鳩や犬にエサをあげてるシーンを見かけたとしたら、お前はどう感じる?」 「漫画とかでありがちなパターンね…まあ、一気に印象はよくなるわ。」 「じゃあ、普段から動物たちにエサをあげている人と今言った不良…印象の上げ度合はどちらが大きい?」 「上げ度合と聞かれれば…後者かしらね。」 「そこなんだよ。見た目が怖いやつほど実際に良いことをしたときは周りから絶賛されるもんだ…人間心理的にな。 もちろん、普段から良いことをしてる人のがいいには決まってる。ただ、そのギャップの度合でついつい 錯覚しちまうもんだ。普段何らかのマイナスイメージをもってるヤツなんかに対しては…特にな。」 「つまり、ドナルドにもそれが当てはまるってこと?」 「そういうこった。よくよく考えてみれば、ただの芸人がふざけたことしたって当たり前すぎて何の面白味もないが、 おどろおどしいお化けピエロがらんらんるーをしてしまった場合は話は別だ。ネタ的要素が大きいが… その分、面白さの度合は一気に跳ね上がる。」 「…そうね!いつもヘラヘラしてる谷口がやったって『相変わらずバカなことやってるのね』 の呆れた一言で終わるけど、キョンが『らんらんるー』やってたらなんかすっごく面白そう! 普段おとなしくて我が強い人間なだけに…くっく…想像したら笑いが…あ…あっは…は… キョン、どうしてくれんの…よ、あんたのせいよ!あははは!!」 はあ… ホントにもう… そんなに俺のらんらんるーを見たいのなら、いくらでも見せてやろう。そんときはお前の夢にまで 出張するくらい洗脳してやるから覚悟しておけよ。悪夢を見てから悲鳴を上げたって、もう手遅れなんだからな? とまあ、冗談は置いといてだな…いくらなんでも谷口はそこまでバカじゃないぞ。友として、谷口の名誉のためにも 一応言わせてもらう。あいつは一見バカなように見えて、実際は越えてはならない境界線は常に把握している 立派なホモサピエンスだ。え?もしらんらんるーをしたらどうするかって?そんときゃ絶交だ。 「おい、国木田、あそこにドナルドの写真が映ってるぜ!」 「あー、そうだね。」 「そういやさ、最近ドナルドの…あるネタがブームになってるって知ってるか?」 「え…知らないなあ…谷口は知ってるのかい?」 「おうよ!流行を先取りした俺に知らないものなんてねーんだよ!」 …何か、後ろのほうで見知った声がするのは気のせいか?いや、気のせいだと思いたいんだが。 「あら、あれ谷口と国木田じゃない。あいつらもココに来てたのね。」 …… 「そのネタっていうの何なのか見せてほしいな。」 「じゃあ、しかとその目に焼きつけよ!らんらんるー!!!」 …友情決裂。さらば谷口、てめーとは金輪際絶交だ。 「なかなか面白い芸だね。あれ…あそこに座ってるのはキョンと涼宮さん?」 「…え…?」 国木田がその言葉を発した瞬間だったろうか、谷口の顔がまるで 頭上からカミナリを落とされたかの如く硬直してしまっているのはこれいかに。 「あいつ…本当にらんらんるーやったわよ?やっぱ谷口ってバカだったのね。」 「ハルヒよ、とりあえず同意しとく。」 「お、お前らどうしてココに!?」 谷口が紅潮した顔で咆哮する。あまり大声を出すな、他の客に迷惑だろうが。 「どうしてって、ただお昼を食べに来ただけよ。悪い?」 「そ、それもそうだな…はは…は…」 谷口が生気を吸い取られるかのごとく屍と化していくのが見てとれる。そんなに俺とハルヒに 見られたのがショックだったか…まあ、せめてもの慈悲として見なかったことにするから安心しろ。 「谷口さ、今はキョンと涼宮さんには話しかけないでおこうよ。二人ともデートしてるみたいだしさ。」 国木田よ…お前はお前でどうして火に油を注ぐようなことを言うのか… それも、俺たちにちょうど聞こえるくらいの音量で。 「な、何言ってんのよあんた!?何か勘違いでもしてんじゃないの!??」 言わんこっちゃない。団長様乱心でござるの巻。せっかくの温和な雰囲気がぶち壊しだ… とりあえず国木田、来週の月曜顔を洗って待ってろ。 というわけで、俺たちはどこぞやの二人組のせいで早々と退散を余儀なくされた。 久々のハンバーガー…もっと味わって食べたかったぜ。 「あー、なんなのあいつら!?落ち着いて食事もできなかったわ!」 気持ちはわかるが、お前もお前で過剰に反応しすぎな気もするがな…。 「まあまあ、気を取り直してスーパー行こうぜ。夕食のカレーこそはのんびりと食せばいいじゃないか。」 「…それもそうね。」 そんなわけで、俺たちはカレー粉購入のため、スーパーへと立ちよった。早速カレーコーナーへと向かう。 「あったあった、これよこれ!」 カレー粉を手に取るハルヒ。…辛口か。 「…キョン、カレーらしさって何だと思う?」 「…辛さか?」 「そうそう!辛さよ辛さ!辛口ほどカレーらしさを追求してるものもないわ!」 …ハルヒもカレーに対して何かしらの情熱をもっているのであろうか?長門、よかったな。こんな身近に ライバルがいたなんて、いくら万能長門さんと言えども想定外だったはずだ。とりあえず、突っ込みを入れとく。 「それは、単にお前が辛いもん好きってだけの話だろう…。」 「わかってないみたいね。まあ、あんたも食べてみれりゃわかるわよ。」 「へいへい、今度食べてみますとも。」 「何言ってんの?今から食べるのよ。」 …? 「つまりアレか…?お前が作るカレーを、俺がこれから食べるってことか?」 「そゆこと。どうせこの分量じゃ確実に一人分以上出来上がっちゃうし、両親も 仕事の都合で今日は帰ってこれないから、誰かに食べてもらわないとこっちが困るのよ。」 そういうことですかい。ま、せっかくの機会だし、ありがたく食させてもらうとするぜ。 後で家に連絡しとくとしよう…夕食は外食で済ますってな。 …… カレー粉を手に入れた俺たちは、特に寄り道をすることもなくハルヒ宅へと向かった。 岐路の途中で、俺は自宅へと先ほどのメッセージを伝えるべく電話をかけた。まあ、伝えたはいいものの 『朝6時に帰ってくるとは何事だ!?』とか『昼飯食べずにどこ行ってたの!?』とか散々怒られてしまったのは 秘密だ。いや、当然っちゃ当然なんだよな…おかげで思ったより長い電話となってしまった。 ハルヒが一人手持無沙汰になっているではないか…。 電話している最中に気付いたことなのだが、何やらハルヒは首をキョロキョロさせていた。 決して俺の方を見ているわけではなかったらしい。方向としては後ろか…後ろに何かあるのか? と思い、俺も振り返ってみたが…特に変わった様子はなかった。 電話を終えた俺はハルヒに問いかけてみた。 「なあハルヒ、一体どうしたんださっきから?」 「あ、いや、何でもないわよ…」 「さては、後ろ首や背中がかゆくて仕方なかったんだろう?どれ、俺がひっかいてやろう。」 「な、なに許可なく体に触れようとしてんのよ!?このセクハラ!」 「じゃあ許可があれば触ってもいいわけか?」 「こんの…変態!!」 あー、ついには変態呼ばわりか。それはきついな… まあ、お前の緊張をほぐそうと思っての行動だったんだ、大目に見てくれよ。 …… ハルヒが緊張しているのには理由がある。俺も先ほどまでは 単なる気のせいとしか思ってなかったんだが…やはり何かおかしい。 妙に違和感を感じるのだ…俺たちの後ろで。 気配が… …… 単刀直入に言おう。俺たちは何者かにつけられている。 そいつの姿を確認したわけではない。しかし、どう耳を澄ませたって…俺たち二人以外の足音が 後方から聞こえるという、この奇妙な事実…音の反響とかそういうわけでもない。 ただ一つ言えること。それは、早いとこハルヒ宅へと帰還したほうが良さそうだということだ。 さて、家へと着いた。 「早速作ろうっと。」 手を洗い、颯爽とキッチンへと向かうハルヒ。顔は笑ってはいるが…内心はある種の恐怖を 感じているに違いない。もしかして、昼に会ったときから何か様子がおかしかったのはこのせいか? …まさかとは思うが、ストーカー被害にでも遭ってるのか…? …… まあ、その是非を今ハルヒには問うべきではないだろう。あいつは今カレー作りに勤しんでんだ… その熱に水をさすような野暮なマネは…俺はしたくない。とりあえず、聞くのなら 夕食を食べ終わってからでも十分間に合うはずだ。俺も、今だけはこのことを忘れることにする。 …さて、俺は何をすべきか。さすがにハルヒがカレーを作っている横で、一人テレビを視聴するのは 何かこう…罪悪感が…。かと言って、キッチンに入って手伝おうと言ったところで足手まといだろう。 なんせ、食材や調理器具の場所が一切わからないのだから。つっ立ってるだけで邪魔なだけである。 …… まあ、何もしないよりはマシか。手を洗い、キッチンへと入る。 「あら、キョン手伝ってくれるの?」 「ああ。できることがあればな。」 …不覚、エプロンをまとったハルヒに一瞬ときめいた。 「じゃあそうね…このたまねぎとにんじん、じゃがいもを水洗いしててちょうだい! で、これ包丁…暇があるならたまねぎも切っててもらえると嬉しいわ。」 「おう、任せとけ。」 「あたしはナベに油をひいて、あと塩水でも作っとく。」 「塩水??一体何に?」 「いいからいいから、自分の作業へと戻る!」 へいへい。とりあえず水洗いに専念するとする。 …… 大体終わったか…時間もあるし切るとするかな。ハルヒは…というと、りんごを小さくスライスしていた。 …デザート?にしてはやけに小さすぎる。ああ…なるほど、さっき言ってた塩水につけるつもりなんだな。 それでアクをとり、カレーに入れるって魂胆か。…ん? 「ハルヒよ、お前辛いカレーが好きとか言ってなかったか?」 「そうだけど、どうして?」 「そのりんご、カレーの中に入れるんだよな。りんごはすっぱさもだが、同時に甘さも引き出すぞ。」 「ちっちっち、甘いわねキョン、あたしをなめてもらっては困るわ!単に辛さだけを追求するほど、 あたしは単純な人間じゃないのよ!確かに本質は辛さ…でもね、それにちょっと工夫をこなすことで、 辛さの中に甘さを見出せるおいしいカレーを作ることができるの!覚えときなさい!」 何やら言ってることが意味不明だが…とりあえずハルヒさんの情熱に、俺は感銘を受けておくとする。 そんなことよりたまねぎだ…こいつ、目から涙が出るから嫌いだ。何か良い方法はないものか… まあ、臆していても仕方ない、とりあえず切ろう。 …… くっ…涙が… 「キョ、キョン!?何やってんのよ!?」 「何って泣いて…いや、違った。見ての通り切ってんだがな。」 「じゃなくて、どうしてみじん切りしてんのかって聞いてんの!」 あ… ああああああああああああっーーーーーー!! しまった…カレー料理だということをすっかり失念してしまっていた… 「すまんハルヒ…申し訳ない。」 「…ま、いいけど。小さなたまねぎってのも、たまにはいいかもね。」 おや、すっかり怒鳴られるかと思ったが…それどころかフォローまでされてしまったぞ? なぜ上機嫌なのかは知らないが…反動で明日にもアラレが降りそうで怖いな。 「じゃ、今度はにんじんとじゃがいも頼むわね。はい、これ皮むき機!」 すでに中火でナベを熱しているから、おそらくもう少ししたらたまねぎと牛肉、 そしてにんじん、じゃがいもってな段取りか。それまでには間に合わせねえとな。 「おう、今度こそ任せとけ!」 早速にんじんとじゃがいもの皮むきに取り組む俺。 …… ふう…慣れない作業はきついぜ…普段あんま料理などしたことのない身なんで特にな。 ハルヒはというと、すでに俺が切ったたまねぎと牛肉をナベへと入れ、しゃもじで混ぜている段階だ。 こりゃ急がねえと… 「キョン、別に焦る必要はないわよ。それでケガでもしたらバカみたいだし。 何かあったら弱火にすればいいだけよ。」 「お前が俺の心配すんなんて珍しいな。いつもなら『早くしないと承知しないわよ!』とか言うそうだが。」 「へえ…?あんたはそう言ってほしいわけ?そう言ったってことは、そう言ってほしいのよね?」 「すまん。俺が悪かった…。」 やっぱりいつものハルヒだった。 …… よし、なんとかむき終わった。あとは切るだけだ…!おっと、 ここで焦ってはいけない。さっきのたまねぎのような失敗をしないためにもな。 「ハルヒ、にんじんとじゃがいもの切る大きさはカレーの場合、 人によって好みがあるんだが、お前はどのくらいの大きさがいいんだ?」 「そうね…別に大きくても構わないわよ。」 「了解したぜ。」 仰せの通り、俺はにんじんとじゃがいもを大雑把に乱切りする。 「どうだハルヒ!?今度はOKだろう?」 「あら、キョンらしさが出てていいんじゃない?及第点よ。」 キョンらしさって何だ?大雑把に乱切りされた雑な形…なるほど、これが俺らしさか。意味がわからん。 「たまねぎと牛肉の色合いもそろそろ良い頃ね。キョン!にんじん、じゃがいもを入れてちょうだい!」 「おう。」 ジューッと音をたてて食材がナベに転がり落ちる。これは美味いカレーにたどりつけそうだ。 「さーて、今度は……むむ、キョンにしてもらうことは特にもうないわね。」 「そうなのか?」 「ええ。後はあたし一人がナベの番をしてたら事足りるし。」 「そうか…あ、そういやご飯はどうした?」 「あたしが忘れるとでも?昼にとっくに保温済み。いつでも炊きだちで取り出せるわ。 ってなわけでお疲れ様、キョン。リビングにでも行って休んどくといいわ!」 「まあ、やることがないなら仕方ないか。また何か 手を借りたいことがあれば呼んでくれよな。カレー頑張れよ。」 「あたしを誰だと思ってんの?あんたは大船に乗ったつもりで構えときゃいいのよ!」 素直に『うん、頑張るね!』と返せばいいものを…ま、いいか。それがハルヒだもんな。 よくよく思い返してみれば、今日のハルヒはいつもよりおとなしく、そしてお淑やかなほうだったじゃないか…? これ以上ハルヒに対して何かを望むのは、それこそ贅沢というものだろう。 そんなこんなで俺はリビングへと向かい、ソファーに腰を下ろすのであった。 ふう…ようやく一息ついたな。カレーができるまでのしばしの間ボーッとしとくとするか… 何やらいろんなことがありすぎて疲れたぜ…。思えばここ2、3日は随分と濃い日々だったのではないか? 今こそこうやって、ハルヒと平凡にカレー作りを営んでいるが…。 ヒマだしいろいろと回想してみるか。まず事の発端は何だっけか?そうだ、震災で町が崩壊する 夢を見たんだ。それから…ハルヒから音楽活動についての発布があったな。しまった… そういやメロディー作ってこなくちゃいけなかったんだよな。いろいろあって忘れてた。 それから…そうだ、未来には気をつけろみたいな趣旨の手紙を下駄箱で入手したんだっけか。 その後、朝比奈さん大に会って藤原には気をつけろと言われ… …… もしかして、俺たちをさっきつけていたのは藤原…ないしはその一味か? だとしたらハルヒの監視ってことで十分説明もつくな。 回想の続きに戻るが…その後家に帰って寝て…今度は地球が滅ぶ夢を見てしまったと。翌日SOS団で バンド活動に取り組もうとしてた矢先にハルヒが倒れる…それがきっかけで夜緊急集会が開かれたと。 それから…俺は夢の中で過去の自分を垣間見て、目を覚ましたのちに長門と古泉にそのことを話して… …長門と古泉が俺を呼びだした理由、まだ聞いてなかったな。電話じゃなく口頭で話すつもりだったとこを見ると、 それなりに重要性を秘めた話だったのではないかと見受けられるが…。気になる、後で電話でもして聞いてみよう。 で、その後俺はハルヒの家に行き、途中で何かしらの気配を感じながらも家に帰り、そして今に至るというわけだ。 …… ハルヒが見せてくれた三度の夢、そして長門や古泉による解説等のおかげで…大体状況は つかめてきたのだが、いかせん未だ腑に落ちない点が多い。不明なものが多すぎるんだよ…。 例えば下駄箱に入っていた例の手紙。未来に気をつけろってのが何のことなのか…未だにわからん。 『未来』などという抽象的単語はできるだけ使わないでほしいね。無駄に、処理に時間がかかる。 その後朝比奈さん大から藤原に気をつけろと言われるわけだが、じゃあどうしてあんな手紙を入れたのかと 問い詰めたくなる。あの手紙の差出人が彼女じゃなかったのだとしたら、それもわかるが。だが、その場合 一体誰があんな手紙を?誰が何のために朝比奈みくるを偽って俺に手紙を?いや…あの執筆は 前に俺が見た朝比奈さん大と同じだったような気がする…じゃあやっぱりあの手紙は朝比奈さん大が …やめよう。頭が混乱してきた。 他は…ハルヒを気絶させた犯人は誰なのかってこと。朝比奈さん大の忠告を鵜呑みにするのであれば、 犯人は藤原一派だと一目瞭然なのだろうが…そもそもだ、俺自身何かしらのステレオタイプを抱いている 可能性がある。例えば、状況証拠から考えて犯人は未来人だと勝手に決め付けていたが…本当に犯人は 未来人なのだろうか?そうである場合は藤原一派だと断定できるものの、もしそうではなかったら? …考えたって悪戯に頭を疲弊させるだけだな。 後は、長門と古泉が俺に何を告げようとしていたのかってことだ。 まあ、これはさして重大な案件でもないだろう。本人たちに聞けばわかることなのだから。 そして最後は、俺たちをつけていた輩が一体誰なのかという…ハルヒを気絶させたヤツと同一犯と見て 間違いないんだろうが…。とりあえず事態の進展を待つ他ない、か。闇雲に一人で考え込んでたって、 次々と新たな可能性が生まれるばかりでキリがねえ。かといって、真相がわかるまで何もしない というわけにもいくまい。常に冷静に…氾濫する情報の取捨選択に徹して、なんとしてでもハルヒを守り抜く。 それが…今の俺にとっての最善であるはずだ。俺はそう固く信じてる。 「キョン!できたわよ!お皿出すの手伝ってー!」 おお、ようやく待ちに待ったカレーの完成か!今行くぞ。 「「いただきまーす。」」 合掌する二人。 …… 「どうキョン?味のほうは?」 「悪くないんじゃないか。十分食えるぞ。」 …しまった、この言い方では…まるで【ハルヒは料理が下手だとばかり】 と暗に示唆してるようなものではないか!?弁解しておくが、決してそんなことは思っちゃいない。 『涼宮ハルヒ』と聞いて思い浮かぶものは何だ?たいていは奇人変人、天上天下、唯我独尊、ギターボーカル、 スポーツ万能、頭脳明晰…などといった類であろう。俺が言いたいのは、これらのワードから連想されうる限りで 『料理』の要素を含んだものは見当たらない、ということ。つまり、俺はこれまでハルヒに対して…少なくとも 『料理』という項目に関しては、特に明確なプラスイメージもマイナスイメージも抱いてはいなかった ということである。おわかりだろうか?先ほどのハルヒへの返答は、先入観無きゆえの事故なのだ。 「ふーん、無難なコメントをするのね。ま、それも仕方ないか。」 おお、妙に勘ぐられたりしないで助かった…って、仕方ないとはこれいかに? 「例えばこのお肉。これ安物なのよ。」 「そうなのか!?」 「焼き肉とかで使用する高級肉を使えばもっと味も出たんでしょうけどね。財布との相談で、ついカレー用の 薄いバラ肉買っちゃったのよ。ああ、でも決して邪見したりしないでよね!?質による差異こそあれどカレーに おいてはね、牛肉の場合ほとんどはカレー粉との整合性で味が決まったりするんだから!他にもナベに入れる スープだって…本来なら鶏のガラを煮込んだものじゃなきゃいけなかったのに時間との都合で…。でも 一般家庭とかでもね!時間に余裕がないときは代わりに水を使うってのはよくある手法なのよ!?だから」 「わ、わかった!!お前が精一杯頑張ってるってのは伝わったからもういいぞ! そりゃ金銭的・時間的な問題じゃ仕方ねえよ。それにだ、仮にもカレーをおごってもらってる身分の俺が お前に対して文句や贅沢を言うとでも…思ってんのか?んなわけねーだろ。感謝してるんだぜ…本当にな。」 「わかれば良し!」 …顔が少し赤くなってるように見えるのか気のせいか? まあ、いろいろ取り乱したからな。おおかた動揺でもしてるんだろう。 「それにしても滑稽ね…この細かく刻んである小さな物体は。」 いきなり話題変えやがったな…しかも、敢えて遠回しに言うことで俺に何かしらの揺さぶりをかけようとしてる。 「たまねぎ、みじん切りにして悪うございましたね。」 …こればかりはどうしようもねえ。どう見たって俺が悪い。 「それと、泣きながら切ってる誰かさんも滑稽だったかな。」 さすがにこれには反論させてもらおうか。これに関しては何一つ俺に落ち度はない! 相手がたまねぎである以上、この怪奇現象は生きとし生ける全ての者に訪れるものなのであるから。 調子に乗るのもそこまでにしてもらおうかハルヒさんよぉ…。 「そんなこと言っていいのか?ハルヒ。お前もこれを切りゃあ決して例外じゃねえんだぞ?」 「やっぱアホキョンね。そんな当たり前の反駁、聞き飽きたわ。」 …何…?? 「良いこと教えてあげる。たまねぎってのはね、周りの皮をむいたあと 冷蔵庫に10分くらい入れとけば… その後切ったって涙は出にくくなるのよ!その様子だと知らなかったみたいね~」 「何だと!?それは本当か??」 「本当よ。ま、疑うのならヒマなとき家で試してみることね。」 …またまた俺の敗北である。どうやらこいつのほうが俺より一枚上手らしい…って、ちょっと待て。 「ハルヒよぉ…そういうことはなぁ…」 …… 「たまねぎを切る前に言え!!」 「怒らない怒らない、過ぎちゃったことなんだし…もうどうでもいいじゃない。 『過ぎ去るは及ばざるがごとし。』って言うし!」 どうでもよくない!しかもそのコトワザの使い方違う!あ、いや…ハルヒのことだ、 おおかた敢えて誤用してみましたってとこだろう。まったくもって嫌味なやつだ… そんなバカ話をしながら、俺たちはカレーを平らげた。 …… 「それにしても、こういう辛い料理と合わさると麦茶のうま味も一気に引き立つな。」 「確かにそうね。…おかわりいる?」 「お、すまんな。頼む。」 2リットル型のペットボトルから静かに麦茶を注いでくれるハルヒ。その麦茶をすする俺。 …… そろそろ本題に入るか?いや、こういう事は向こうから話してくるのを待つべきなのかもしれないが。 しかし、相手に自分の弱みを見せようとしない…気丈で自尊心の高いハルヒが 安々と悩みを打ち明けてくれる…ようにも思えない。ここは俺から切り出すべきではなかろうか? 「ハルヒ、最近何か嫌なことでもあったか?」 「…え、い、いきなり何??」 揺さぶりをかける俺。 「お前が元気なさそうに見えたからな。ちょっと気になったんだ。」 「…あたしそんな顔してた?」 「ああ。」 「……」 …… 「あんたってさ…ボーっとしてるようで、実は結構鋭いとこがあるわよね。」 …ついに観念したのか、ハルヒは話し始めた。 「…朝方に両親が出てってからね…何か様子がおかしいの…。」 「……」 「最初はただの気のせいだと思ってたんだけどね…やっぱりするのよ…気配が。」 「…気配か。」 「家にはあたし一人しかいないはずなのに…何か音がするの。それも風の音とか暖房の音とかじゃなくて…。」 「…人的な音…か?」 「ええ…そうよ。聞き間違いだと思いたかったけど、確かに聞こえた。でも周りを見渡したって誰もいない…。」 「……」 「笑っちゃうよね、キョン。あたしがこんなこと言うなんてさ…少なくとも、おかしくはないはずなんだけど…。」 なるほど、ハルヒが俺に話をためらう理由がわかった。俺の考えていたような、単なるプライドだけの 問題じゃないらしい。話すことによって俺に【幻聴】や【被害妄想】などと断じられるのが怖かったのだ。 それもそうだろう…音がするのに周りには誰もいない。こういった不可解な症状を継続するようであれば、 たいていの常人はハルヒを【異常者】と決めてかかっても何らおかしくはない。 それをハルヒはわかっていた。だからこそ、俺にも話したくなかった。 「安心しろよハルヒ。お前がおかしいだけなら、俺もお前の仲間入りだぜ。」 「ど…どういうこと?」 「さっき外を歩いててな、俺も同様に何か気配を感じたんだよ。気配というか…人の足音みたいのをな。」 「キョンも!?」 「ああ。もちろん、そのせいでお前が極度の緊張状態に陥ってることもわかってた。 だから…くだらんジョークでも言って気休めさせてやろうと思ったんだがな、すっかり変態呼ばわりというわけだ。」 「…そうだったの。でもあたしは謝らないわよ!人の体を触ろうってのは、理由が何であれ言語道断なんだから!」 「おお、元気出たみたいだな。それでこそハルヒだ。」 「キョン…。」 …… 「その後、あたしは家の中にいるのが怖くなって外へ出ようと思った。遠くて…そして人通りの多い場所へ。」 「…まさかお前が夢タウンまで買い物しに行ったってのは…そのせいだったのか??」 「ええ…本音はね。建前は大安売りって言っちゃったけど。だからね… 家に帰ってきてあんたを見つけたときは正直ホッとした。」 …古泉と長門の話を聞かないでハルヒに会いに行ったのは、結果的には正解だったんだな。 「それからはあんたと行動を共にしたわけだけど…まさか外でも忌々しい気配を感じるとは思わなかった…。」 「スーパーから帰る途中だよな。」 「キョンはさ…あれ、一体何だと思う?人間?幽霊?」 「幽霊はないだろうよ。いつの時代のいかなる怪奇現象も元をたどれば 人為的、ないしは単なる自然現象であることが確定済みだからな。」 「…じゃあキョンはどっちだと思ってんの?」 「常識的にも考えてみろ、あんな自然現象あるわけねえだろうが。これはれっきとした人間の所業だ。」 「じゃあ何?ストーカーとでもいうの??…ワケわかんない!心当たりなんかないのに…」 ストーカー…まあ表現自体は間違ってねえかもしれねえな。 お前に神としての記憶を覚醒させようとする何者かの仕業なんだろうが。 …こればかりは俺一人では手に負えない。外に出て、古泉にでも電話して相談するとしよう。 「ハルヒ…ちょっとばかし外出してくる。」 「!?どうして?」 「いや…家の周りに不審人物がいないかどうか確かめてこようと思ってな。」 「な…!?もうあたりは暗いのよ?危険だわ!」 「安心しろよハルヒ。すぐ戻ってくるからさ。」 立ち上がり玄関のほうへ向かおうとしたら、急に後ろ方向へと引っ張られる。 …ハルヒにジャケットの裾をつかまれていた。 「…本当にすぐ戻ってくるんでしょうね?」 台詞こそ毅然としていた。…だが、その手が震えていたのはどういうことだ?これじゃまるで、 【一人にしないで】と言ってるようなもんじゃないか。その瞬間、胸が痛くなった。同時に、ある種の 苛立ちも覚えた。さっきこんな話をしたばかりだというのに、ハルヒ一人残して出て行こうとする、俺自身に。 「すぐ戻ってくるから心配すんな。」 「キョン…」 できれば俺だってハルヒと一緒にいたい。だが、事態を好転させるには今じっとしてるわけにはいかなかった。 後ろ髪を引かれる思いで、俺は外へととび出した。 …電話をかける前に、有言実行はしておかねばなるまい。 俺は庭や周辺を隈なく歩いてみた。…特に怪しいところはない…今のところは。 「もしもし、俺だ」 「おや、キョン君。無事涼宮さんとは会われましたか?」 「ああ…おかげ様でな。ところで話したいことがあるんだが…」 「僕でしたら、昼あなたとお会いした公園におります。どうせならそこで会話といきませんか? 昼のときと同様、長門さんもそこにいらっしゃいますので。」 目的地に着いた俺。ハルヒのとこから走って2分もかからない距離だ。 「夜分遅くご苦労様です。」 「……」 案の定古泉と長門がそこにいた。 「古泉…そして長門。まさかとは思うが…昼3時くらいに会ってから… 今(夜8時)の今まで、ずっとこの公園にいたんじゃあるまいな…!?」 「そのまさかですよ。ですよね、長門さん。」 「…そう。」 「…マジかよ。よくこんな寒い中5時間以上もいられたな。何かワケでもあるのか?」 「涼宮さんを守るため…と言っておきましょうか。この公園は彼女の家から非常に近いですからね。 何かあったときにもすぐ駆けつけられる距離にありますから。」 「…わかるようでわからないな。ここからハルヒ宅までは…400mくらいはあるぞ。 もっと良い場所があるんじゃないか?塀の近くとか。」 「それでは、通行人から不審者だと誤解されてしまう恐れがある。かえって無駄な事態を引き起こしかねない。」 「長門さんの言う通りです。逆に公園のような場所であるなら、留まっていたところで 別段不審に思われることは ありませんからね。ベンチに座って読書をしたり、弁当を食べたりしているのであれば尚更です。」 なるほど。確かに一理ある…。 「ということは、お前は弁当をここで食ってたわけだな。」 「さすがに飲まず食わずでずっといるわけにもいきませんからね…途中コンビニに出向いたりはしてましたよ。 そんなことより、何か我々に話したいことがあってここに来たのでは?」 「おう。じゃあ、二人とも聞いてくれ。」 …… 「それは恐ろしいですね…。これは僕なりの推理ですが、犯人は自身の存在を情報操作で 隠蔽したのではないでしょうか?実際はそこに存在していても、外部からは姿を確認することはできません。 長門さんのような力を有す人物ならば、いとも簡単でしょう。」 「情報操作?長門のような力?…じゃあ、ハルヒや俺をつけてた野郎の正体は宇宙人ってことか?」 「古泉一樹、その意見には反論させてもらう。」 珍しく異議を唱える長門。どうやら、彼女の犯人像は古泉とは異なるらしい。 「確かに古泉一樹の言う通り、その程度の情報操作ならば 我々情報統合思念体にとっては 造作もない。実行は可能。しかし、音が聞こえたというのであれば話は別。」 音…足音のことだな。 「なぜなら我々は環境情報の改ざんで、一般に有機生命体が移動時に伴うノイズ音をも 外界からシャットアウトできるから。外部に音が洩れるというのは、まずありえない。」 「…言われてみればその通りです。いやはや、長門さんには敵いませんね。」 宇宙人説は消えたか…。 「じゃあ長門、お前はこの件についてはどう思う?」 「…可能性として、ステルス迷彩を考えてみた。」 す、ステルス??って、アレか?光の屈折具合で姿が見えなくなるとかっていう… 「ステルス迷彩ですか。確かに、それを体にまとえば瞬時にして透明人間の出来上がりですね。 もっとも、現代の科学技術ではまだ実用化には至っていないようですが…。」 なるほど、それならばあの足音の説明もつく。だが、実用化されてないとなると…またしても行き詰まりか。 「確かに、この現代においては取得不可。しかし、未来技術をもってすればそれも可能。 今の科学技術の進展具合から推察するならば、そう遠くない未来ステルス機能は実用化の段階に入る。」 …… 「つまり、犯人は未来人。私はそう考える。」 …これほどまでに説得力のある説明をされて異議を唱えるヤツなど、もはやどこにもいないであろう。 長門らしい見事な推理…彼女の手にかかればわからんことなど無いと言っていい。 「長門、ハルヒを気絶させたやつと今回の犯人は…もしかして同一犯か?」 「確証はない。しかしその可能性は高い。」 やはりそうか…まあ誰が相手にせよ、常に警戒レベルはMAXでいるべきだろう。なんせ、電磁波やステルス等 といったとんでも技術を有す連中だ。油断して攻撃を喰らうような事態にでもなればシャレにならん。 「お前らのおかげで大体のところはわかったぜ…恩に切る。」 よし、これにて一件落着…というわけでもない。まだ用事が一つ残ってる。 「古泉、長門、話してくれ。昼に俺を呼びだした際、一体何をしゃべろうとしてたのかをな。」 「「……」」 なぜか無言のままの二人。 「ど、どうした??大丈夫か?」 「あ、いえ…すみません。つい言うのをためらってしまいました。」 ためらう…とは?そんなに言いづらい案件なのか? 「私も、そして古泉一樹も話すことに抵抗を感じているのは確か。」 「長門がそんなこと言うなんてよっぽどだな…でも、お前らは 昼呼び出して俺に話そうとしたじゃないか。何を今更躊躇してるんだ?」 「「……」」 二人は答えない。アレか、話の流れ的に言いにくいってことか?…今俺たちは何の話をしてた? 俺とハルヒをつけてた犯人のことだな。で、それは未来人の可能性が高いってことで話は終了した。 …… 「もしかして、未来に関係するようなことでも言おうとしてたのか?」 「…長門さん、そろそろ話しましょう。黙っていてもラチがあきませんし。 何を話すのか、薄々彼も気付いてるようです。」 「…了解した。」 嫌な予感がする。 「今から我々が話すことというのは」 …… 「朝比奈みくるのこと。」 まあ、そんな気はしてた。昼に長門と古泉に呼び出された際、朝比奈さんの姿だけ見当たらなかった時点で。 「朝比奈さんが…どうかしたのか?」 「今日の午前11時47分、朝比奈みくるがこの世界の時間平面上から消滅した。」 ……なん…だって? 「しょ、消滅って…どういうことだ?!朝比奈さんはどうなったんだ??」 「落ち着いてください!彼女は無事です!」 「午後1時24分、彼女は再びこの時間平面上へと姿を現した。」 「…つまり、今朝比奈さんは普段通りにこの町にいるってことか?会おうと思えば会えるってことか?」 「そういうことです。」 「よかった…。」 俺は安堵の表情を浮かべる。 「って…そりゃまたどういうことだ?つまり朝比奈さんは11時何分かに時間跳躍でもしたってことか?」 「そう。行き先はもともと彼女がいた世界…未来だということは判明している。」 「…なら、特に驚くようなことでもないんじゃないか? 上からの急な指令で未来へ帰ったりとか、大方そんなとこだろ?」 「平時であるなら我々もそう考えます…しかし、今は違います。非常時です。 一か月もしない内に世界が滅ぼされる…この事態を非常時と言わずして何と言います。」 「そりゃ、確かに非常時なんだろうが…だからどうしたってんだ?」 「今のこの世界が滅べば…当然ですが未来も消滅します。 そしてその影響は少なからず未来へも…すでに出始めているはずです。」 「そして今この世界は滅ぶか否かの…いわば分岐点にたたされている。それは、同時に 未来が滅ぶか否かの分岐点とも置き換えることができる。その瀬戸際の時間軸に位置する未来人を 未来へと帰還させるというのはよほどの理由があってのことだ、と私は考える。」 「…お前らの理屈で言えば、つまり朝比奈さんはこの世界、そして未来を救うべく奔走してるってわけだろ? なら、それでいいじゃねえか!なぜ話すのをためらったりしたのか、俺にはわからんな。」 「確かに、ここまでの会話を聞いただけではそう思うのも当然でしょうね。ここからが話の核心なわけですが… では、そんな重大性を秘める時間移動を…彼女はどうして我々に話してはくれなかったのでしょうか??」 …… 「彼女がここの時間軸に戻ってきたのは午後1時24分。その時刻から 今(午後8時35分)まで…伝えようと思えば私たちにはいつでも伝えられたはず。」 「…禁則事項とやらで話ができなかっただけじゃないのか?」 「この世界は危機に瀕してるのですよ。我々だって…最悪の場合死ぬかもしれない。 そんな時期に際してまでも、彼女は我々より【禁則事項】とやらを優先しようとするわけですか?」 「…古泉よ、それ以上朝比奈さんのこと悪く言ったら承知しねえぞ。 あの人が俺たちのことどうでもいいとか、そんなこと思ってるわけねーだろが!」 「……」 「…古泉一樹を責めないであげて。彼は彼なりに頑張っている。 彼と機関の立場を…朝比奈みくるのそれと当てはめて冷静に考えてみるべき。」 長門… 朝比奈さんは俺たちの仲間であると同時に未来人でもある。 未来からの指令は絶対…禁則事項がそれを物語ってる。 古泉は…同じく俺たちの仲間であるとともに機関に属する超能力者でもある。 機関からの命令は絶対… 絶対…? 俺は以前古泉から聞かされた言葉を思い出していた。 『もしSOS団と機関とで意見が分かれてしまった際には… 僕は、一度だけ機関を裏切ってあなた方の味方をします。』 …古泉の俺たちへの仲間意識は相当なもんだったじゃないか。 だからこそ、古泉は朝比奈さんに対して苛立ちを覚えてしまったのか? 仲間よりも未来を優先する素振りを見せてしまった…彼女を。 「すまん古泉…お前の気も知らないで。」 「…いえ、いいんです。僕こそつい熱くなって… 仮にも仲間を悪く言うようなことを言ってしまい、申し訳ないです。」 「…私自身も朝比奈みくるのことは決して悪く思いたくはない。 しかし、まだあなたに伝えねばならないことがある。」 話すのをためらってた理由は…まだありそうだな。 「言ってくれ長門。覚悟はできてる」 「…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。」 「ある未来人?一体誰だ…?」 気のせいか動悸が速まる俺。 …… 「パーソナルネームで言うところの、藤原。」 …え?
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翌日の朝。俺は懐かしい早朝ハイキングコースを歩いて学校へと向かっていた。 とは言っても、向こうの世界じゃ毎日のように往復していたけどな。 北高に入り、下駄箱で靴を履き替えていると、 「おっ。キョンくん。おはようっさ。今日もめがっさ元気かい?」 「キョンくん、おはようございます」 鶴屋さんの元気な声と朝からエンジェル降臨・朝比奈さんの可憐なボイスが俺を出迎えてくれた。 何か向こうの世界じゃ何度も聞いていたのに、帰ってきたという実感があるだけで凄く懐かしい気分になるのはなぜだろう? 靴を履き替え終わった頃、長門が昇降口に入ってきた。 「よう、今日も元気か?」 「問題ない」 声をかけてやったが、やっぱり帰ってきたのは最低限の言葉だけだ。ただし、全身から発しているオーラを見る限り 今日の朝は気分はそこそこみたいだな。 階段を上がっている途中で、なぜか生徒会長と共にいる古泉に遭遇する。 「やあ、これはおはようございます――どうしました? 何かいつもと雰囲気がちょっと違うように見えますが」 「朝からお前と遭遇して、せっかくの良い気分がぶちこわしになっただけだ」 「これは手厳しい」 ふと、俺はあることを思い出し、古泉と生徒会長を交互に見渡して、 「とりあえずご苦労さんとだけ言っておく」 「はい?」 俺の台詞の意味がわからず、呆然とする古泉と生徒会長を尻目に俺は自分の教室へと向かった。 そして、教室に入ってみれば、ハルヒのしかめっ面が俺をお出迎えだ。 少しはこっちの気分を読んで欲しいぞ、全く。 「遅い! せっかく良いもの見つけたから、朝ご飯食べながら学校に走ってきたのに!」 「お前の都合でどうこう言われても困るぞ」 団長様のありがたい怒声を聞きつつ、俺は自分の席に座る。 見ればハルヒは机の上にチラシを沢山並べていた。どうやら何かの催しの案内らしいな。今度は何だ。 全米川下り選手権にでも丸太に乗って参加するつもりか? 「ほら見てよ、これって凄くおもしろそうじゃない? ついでにSOS団のアピールもバッチリだわ! これは――」 意気揚々と語り始めるハルヒ。俺はそれを耳から垂れ流しつつ、ちょっとした考え事に入る。 最初に言っておくが、これは昨日の夜家に帰って風呂に入りながら考えた俺の妄想だ。 俺はずっと向こう側の世界に行って、SOS団を作り上げるまで試行錯誤しまくってきたわけだが、 実際のところ不可解な点もたくさんあるのが実情だ。 特に情報統合思念体については明らかに矛盾している点がある。連中は長門によるハルヒの力の使用は二度あって、 一度はハルヒのリセットで隠蔽、もう一つは直前で阻止したようだったが、今俺が帰ってきた世界の長門の世界改変分が カウントされていないのはなぜだ? 最初に聞かされた話じゃ、ここの連中とあっちの連中も結局は同じもののはずだからな。 そう考えれば、俺の知る限り長門による力の行使は三回あったはず。これはあきらかに矛盾している。 じゃあ、実はハルヒの勘違いで、こことあっちの連中は実は別物と言う可能性はどうだろうか? 一応パラレルワールドみたいなものだし、 その分だけ情報統合思念体が存在していてもおかしくはない。が、それはそれで矛盾がある。見たところ同じような考えを持った 存在だったことを考えれば、この世界で長門が世界改変を実施したら、同じように長門の初期化、さらにハルヒの排除という 流れになるんじゃないだろうか。向こうの連中は過剰反応しただけで済ませるにはどうにも腑に落ちない。 まあ、なんだ。前置きが長くなったが言いたいことはこういうことだ。 俺が去った後にリセットされてやり直されている世界――それが今俺のいる世界なんじゃないかってね。 つまり俺はずっとここに至るまでの軌跡をずっと描き続けてきたってことだ。 情報統合思念体にも実は俺たちとは違うが時間の流れみたいなものがあって、あの交渉の結果、 この世界では長門の世界改変がスルーされた。約束通りに。 それだといろいろつじつまの合うことも多い。 ハルヒがどうして宇宙人(長門)・未来人(朝比奈さん)・超能力者(古泉)・異世界人(俺)がいることを望んでいたのか。 それは最初からSOS団を作るために、探していたんじゃないだろうか。だからこそ、不思議なことを探してはいるものの、 全員そろっている現状に密かに満足しているのではないのか。それだと唯一いないと言われている異世界人は、俺だし。 それに…… ―――― ―――― ―――― なーんてな。考えすぎにもほどがある。本当にそうなら、今目の前にいるハルヒは自分が神的変態パワーを持っていることを 自覚していることになっちまうが、それなら最初に世界を作り替えようとしてしまったこととか、元祖エンドレスサマーとかの 説明が全くつかなくなってしまう。自覚してあんなデリケートな性格になっているんだから、あえてやるわけがない。 普段の素振りを見ても、そんな風にはとても見えないしな。自覚しているハルヒを知っている身としては。 ……ただし。 ――あんたの世界のあたしがうらやましい。何も知らずにただみんなと一緒に遊んでいられるんだから―― この言葉が少々引っかかるが。 まあ、どっちにしろ凡人たる俺にそんなことがわかるわけもない。一々確認するのも億劫だし、面倒だ。 現状のSOS団に満足しているのに、わざわざヤブを突っつく必要なんてあるまい。 俺の妄想が本当かどうかはその内わかるさ――その内な。この世界も別の神とか宇宙的勢力とか出てきて、 まだまだ騒がしい非日常が続いて行きそうな臭いがプンプンしているし。 「ちょっとキョン! ちゃんと聞いているの!?」 突然ハルヒが俺のネクタイを引っ張ってきた。やれやれ、妄想もここまでにしておくか。 俺はハルヒの手をふりほどきつつ、 「で、次はどこに連れて行ってくれるんだ?」 その問いかけにハルヒはふふんと腕を組み、実に楽しそうな100W笑顔を浮かべて、 「聞いて驚きなさい。次はね――」 ~涼宮ハルヒの軌跡 完~
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プ ロ ロ ー グ 俺たちの高校生活最後の冬。 俺とハルヒの意地の張り合いがもたらした、二度目の世界崩壊の危機。 そうだ。俺が弾を装填し、ハルヒが引き金を引いた、全宇宙を一方的に巻き込んだあの大事件。 あれから既に長い歳月が過ぎているというのに、今思い起こしても平常心ではいられなくなる。関係各位には、誠に申し訳ないことをしたという気持ちでいっぱいだ。 未来の機密組織がハルヒを抹消しようと潜入してきた、その中に自称涼宮ハルヒの子孫がいたが結局、改心したらしく計画は見事中止になった、まぁその後SOS団の準団員って形で学校に留まってたがな。 しかしこれはハルヒにとってただの演習ぐらいにしかすぎなかったと思う。その後 全宇宙規模で発生した閉鎖空間。その内部では、ハルヒを知る存在たちが一堂に会し、好意的に見ればそれは、ハルヒ杯争奪全宇宙オールスター対抗大運動会(強制参加型)とも言うべき様相を呈していた。 閉鎖空間内では、現状維持派と急進革新派とのあいだで様々な思惑が入り乱れ、熾烈な戦いが繰り広げられた。 情報制御すらままならず物理的攻撃が不可能な敵対的広域帯宇宙存在たちは、以前の雪山のような方法でSOS団への精神的攻撃を試み、未来を予測可能である敵対未来人組織たちは、俺たちを内部分裂させるべくハルヒと俺に対してあらゆる工作活動をおこない、閉鎖空間内でその力を存分に振るえる敵対的超能力者たちは、赤い光となって俺たちに攻撃を仕掛けてきた。 長門は制限を余儀なくされた能力をなんとか駆使して抗戦し、朝比奈さん(大)が未来人の知識をもって俺たちに助言を与え、朝比奈さん(小)はおろおろしつつも時間移動を応用した空間移動と長門によって解禁されたフォトンレーザーやら超振動性分子カッターやらの超科学的兵器で俺たちを何度も危機から救い、そして古泉はその能力を遺憾なく発揮して敵対勢力の物理的攻撃に対抗した。 当然の反応として、この超常的展開に一人狂喜するハルヒは、以前俺が見たものよりも質、量ともはるかにパワーアップされた神人軍団を無意識的に生み出し、敵対勢力を次々となぎ倒しはじめた。 だが神人の活躍もむなしく、一人また一人と倒れてゆくSOS団員。 そうしてハルヒはついに、これが自分の望む世界の在り様ではないことを受け入れた。 閉鎖空間の終焉は、やはりというべきか、俺とハルヒのキスによるものだった。 以前のような、成り行きまかせのものでも一方的なものでもない。 俺たちはこの騒動のおかげで、お互いに対する気持ちを確かめ合うことが出来た。 俺の場合は、なによりも俺自身の想いをはっきりと認識し、覚悟することになったわけだが。一度目と同じ、あのグラウンドで、俺たちは永遠とも思えるほどの長い時間を共有していた。 唇を重ね合わせ、お互いをしっかりと抱き寄せて。 絶対にこの手を離したくないと思った。 ハルヒだってそう思っていたはずだ。 俺は、本当に心から時間が止まって欲しいと感じていた。 世界が変わったとさえ思える瞬間だった。 いつしか閉鎖空間は消滅し、俺はまた自室で目覚めた。 今回はベッドから転げ落ちることもなかった。 フロイト先生もきっと祝福してくれていたに違いない。 その後、立て続けに携帯が鳴った。 最初の電話は長門からだった。 「六年前の涼宮ハルヒによる情報爆発、それを超える二度目の情報爆発が観測された。それと同時に、情報統合思念体は自律進化の糸口を得た。情報統合思念体主流派は、あなたと涼宮ハルヒに感謝している」 と、いつもの淡々とした口調でそれだけを述べ、ぷつりと電話は切れた。 なんてことだ。それはあのキスが原因なのか? まさかそんな大それたことが起こっていたとは。 ところで長門、お前自身は感謝してくれないのか? 長門の電話が切れるなり、続けざまに古泉から連絡があった。 「機関の方がかなり混乱していまして、手短にお話しします。僕の能力が消滅しました。ですが、これはむしろ喜ばしい状況と言えます。我々の能力の消滅と同時に、涼宮さんが二度と閉鎖空間を生み出さず、世界も改変しないという確証を得ました。なぜ解るのかと言うと、残念ながら説明出来ません。解ってしまうのだからしょうがない、としか。僕のアルバイトがなくなってしまうのは少々寂しいですが、これで世界が永遠に救われたと思えば、それもまたよしです」 その口調の端々に本心からの喜びがうかがえた。 どうやら、キスの瞬間に感じたことは事実だったようだ。 本当に世界は大きくその様相を変化させてしまったのだ。本来あるべき姿に。 それから数分後、最後は予想どおり朝比奈さんからの電話が鳴った。 「キョ、キョ、キョン君っ!」 明らかに混乱していた。当然ながら、俺には朝比奈さんが次に何を言うのか想像出来る。 「すすす涼宮さんからの、じじ時空振動が、けけ検出されなくなりましたっ!」 「朝比奈さん、解りましたからとにかく落ち着いてください」 電話口からゆっくりとした深呼吸が数回聞こえた。落ち着きを取り戻した朝比奈さんは、 「涼宮さんに関係する時空の不確定要素が消滅しました。つまり未来が確定されました」 そして、少なからず寂しそうな声で、 「私の役目もこれで終わっちゃいました。名残惜しいですが、もうすぐお別れのときがくると思います」 そうか。ついに朝比奈さんともお別れなのか。 あなたのお茶が飲めなくなるかと思うと、俺も本当に寂しいですよ。 このようにして、唐突に始まった涼宮ハルヒを取り巻くありとあらゆる不思議な現象は、唐突に終わりを告げたのだった。 そう思っていた。これが実は終わりなどではなく、本当の意味で全ての始まりになることなど、当時の俺には全く想像出来ないことだった。 第一章
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「お久しぶりね、キョン君」 ん・・・?この声は・・・?まさか!? そう、俺は、一番聞きたくない奴の声を聞いて目を覚ましたのだった。 「朝倉!?どうしてお前らがここにいる!?というかこれはどうなっているんだ!?それに・・・そこにいるのはハルヒか!?おい、ハルヒ!無事だろうな!?」 場所は今、文芸部部室、もといSOS団アジト。いつもの平穏な空気など微塵も残っておらず、今や部室内は一面が闇に包まれ、暗黒に染まっている。 その中で、ひとつの闘いが、今まさに幕を閉じようとしていた。 「なんか彼、ごちゃごちゃうるさいけど、覚悟はできてるわね?それじゃあ本当に終わりにしましょうか、涼宮さん?いくわよ?・・・・・の攻撃!プレイヤー涼宮ハルヒにダイレクトアタック!!!」 何も言わずにモンスターの攻撃を喰らって吹っ飛ぶハルヒ。そしてライフも0になった。 「大丈夫か!?ハルヒ!?」 駆けつけようにも情報操作でもされているのか、俺の体はピクリとも動かない。 クソ・・・なんでこんなことになっちまったんだよ!? なんで朝倉が復活してるんだ!?こりゃあ一体どうなっているんだ!?これもハルヒの力のせいなのか!? なぁ、ハルヒ。本当にお前がこんな状況を作り上げたのか? 俺は、『闇のゲーム』に立ち会うこととなった原因へとフラッシュバックした。 ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・ 俺は、相変わらず自分に搭載されているコンピューターでは解析不能な「英語」という名の謎の文字列の授業を、素晴らしき「夢」という名の世界に旅立つことによって克服し、SOS団のアジトと化した我等が文芸部室へ歩みを進めていた。 ハルヒはハルヒで、授業が終わるや否や教室を台風の通り過ぎるようなスピードで飛び出していった。たしか手に何か本みたいなのを持っていた気がするな。あまりのスピードでよくわからんかったがな。本なんかアイツに似合わんが一体どうしたんだ? なんて、そんなことを考えているうちに俺の足は文芸部室のドアの前についていた。 コンコン、とノックをする。もしかしたら、麗しのマイスイートエンジェル、朝比奈さんがお着替え中かもしれんしな、うん。たまにはノックをし忘れたことにしてそのお姿を拝見してみたい、なんて考えたことないぞ。本当だ。本当だからな。 「はぁ~い、どうぞぉ~」 天使のような声が耳をうずかせる。どうやらもう着替えは終わっているようだ。ちょっと残念・・・なんて思ってないからな。 かちゃり、と戸を開けると、そこにはいつもの席で石像の様に静かに本を読み続ける宇宙人、小動物のように愛くるしい未来人、0円スマイルを貼り付けてニヤニヤしている超能力者、そして、我等が団長、涼宮ハルヒがいた。 「すぐにお茶を淹れますから、ちょっと待ってて下さいね~」 いつもいつもありがとうございます、朝比奈さん。もう俺はあなたのお茶なしでは生きていけませんよ。 「うふふ、ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」 そういうと朝比奈さんはちょこちょことお茶を淹れにいった。教室で少し様子のおかしかったハルヒは、というと、相変わらず、まるで長門のように本のようなものを読み漁っていた。 その本が何かって?そんなの俺にも分からんさ。なぜならカバーをかけているからな。 それに、険しい顔して読んでるもんだから、聞く気にもならんしね。 「おい古泉、ハルヒのやつ、また機嫌でも悪いのか?授業の時からずっとあんな感じなんだが」 「いえ、そういう事はないようです。僕のところにはなんの連絡も入っていませんし」 まあ古泉がそういうんだ。間違いはないだろう。触らぬ神に祟りなし、というやつか。 「それはそうと、久々にアレ、やりませんか?実は結構楽しみにしてたんですよ」 別に構わない、というより実は俺も結構楽しみにしていたぞ。最近ご無沙汰だしな。だが手加減はせんぞ。俺の無敗伝説をコレでも更新したいからな。 「今回は甘く見ていると痛い目にあうかもしれませんよ?」 望むところだな、それじゃいくぞ! 「「決闘(デュエル)!!!」」 結果から言ってしまうと俺の勝利だった。マイスイートエンジェル、朝比奈さんの前で醜態を曝す訳にはいかないからな。長門もちらちらと見てたし。だが、古泉は古泉でなかなか強かった。 少しでも手を抜いていたら下手したら負けてたかもしれん。 「今回は結構自信があったのですが。いやはや、やはりあなたはお強いですね」 いつもより一割くらい減ったニヤケ具合で話しかけてくる。お前はそんなに俺に負けたのが悔しかったのか?でもお前も十分強かったぞ。 「あなたが僕のことをそういうなんて珍しいですね。僕もまだまだ捨てたもんじゃないってことですか」 調子に乗るな。そういうのは俺に勝ってから言え。挑戦は受けてたつぞ。 「ではお言葉に甘えまして、もう一勝負どうです?今度は負けませんよ?」 いいだろう、相手をしてやるよ。来い、古泉! 「それでは・・・」 「「決・・・」」 闘と続けようとしたが、突如、 「覚悟はいいわね、キョン!!!滅びの呪文、デス・アルテマっ!!!」 との言葉とともに後頭部に激痛が走る。あまりの痛みに、少しの間、頭を抱えたまま悶絶する。そしてしばらくして後ろを見ると、モップの柄をもって、目をキラキラ輝かせながら団長様が仁王立ちしていた。 「痛ってえな!なにしやがる!」 「何ってデス・アルテマよっ!あんた、聞いてなかったの?」 そういう問題ではない。俺が聞いているのは何でお前がモップの柄で俺の頭を叩いたのかってことを聞いているんだ。ただでさえ赤点レーダーギリギリ低空飛行な俺の頭がこれ以上悪くなったらどうするんだ? 「あんた、もうあんまり悪くなりようがないじゃないのよ。そんなことよりやっぱりデュエルモンスターズは王国編よね!ストーリー的にあれが一番面白いわよ!」 そうかい、俺の話はもうスルーかい。そしてお前が今日ずっと読んでいたのはアレだったのか・・・。それと古泉、お前、見えてたんならあいつをちゃんと止めろよ。俺は痛いこととか苦しいこととかはまっぴらなんだからな。 「すみません、不注意でした」 そのニヤニヤ顔で言われても全く誠意が伝わってこないのだが。 「ごごご、ごめんなさい、キョン君・・・」 いえいえ、あなたが謝るなんて、とんでもないですよ、頭を上げてください、朝比奈さん。悪いのはハルヒの馬鹿なんですから。 「…………」 お前も気にしなくていいぞ、長門。 「あんたを差し置いて誰が馬鹿よっ!それにあんたねぇ、もう過ぎたことを気にしても遅いのよ!ちゃんと前を見なくっちゃ、前を!」 やれやれ、当の本人がなんとも思っちゃいないなら意味ない、か。 「それよりもキョンに古泉君、あんたたちがやってるのって、デュエルモンスターズよね!?私もいまデッキあるのよ。さあ!どっちか決闘しなさい!」 そういって、ハルヒは自分のポケットからデッキを取り出した。目には炎を灯らせてな。しかもなぜか腕章には『決闘王』の文字が。 悪いが古泉、続きはまた今度になりそうだな。 「そうですね。残念ですが仕方ありません」 「そこっ!コソコソしゃべらない!じゃあ・・・そうね、キョン。あんたが相手しなさい!」 やれやれ、もうすっかりさっきのことを忘れてやがる。仕方ない、カードで軽く仕返しでもしてやるか。 「分かったよ、こい、ハルヒ」 「あんたなんかに絶対負けないんだからね!」 こうして俺たちの決闘は始まった訳だが、思惑通りあっさり勝負は決まってしまった。 「・・・え?嘘よ・・・こんなの嘘よ・・・もう一度勝負よ!」 構わんぞ。何度やっても変わらんと思うがな。それに俺の鬱憤晴らしにもなるしな。 その後、三回ほど決闘し、俺が全勝したところで長門がパタンと本を閉じて、お開きとなった。俺に数連敗してぶつくさ言いながらぶーたれているハルヒをよそ目に俺はカードを片付け、デッキをしまおうと鞄をあけた。そうしたら中に何のラベルも貼られていない謎のディスクが入っているではないか。ここに来る時は確かなかったよな?古泉とやるために鞄を開けたときは・・・・覚えていない。が、恐らくその時にでも紛れ込んだのだろう、と思って他の部員に声をかけた。 今思えばあんな怪しいものはないのだが、そのときの俺はなんとも思わなかったのかね。出来る事なら過去に戻って面倒なことになるからやめろ、と過去の俺に言ってやりたいくらいだ。残念ながら俺にそんな記憶はないので、できない話なんだろうがな。 「このディスク、誰のだ?俺の鞄に入っていたんだが」 古泉、お前か? 「いいえ。違いますよ」 じゃあ長門か? フンフンと頭を横に1ミクロンくらい振る。 なら朝比奈さん、あなたのですか? 「ふえっ?何ですか?え~と、そのディスクですか?う~ん、違う・・・と思いますよ」 ということは消去法でハルヒ、お前のだな? 「違うわよ。でも何か怪しいわね!キョン、これの中身調べるわよ!」 と言ってディスクを俺の手から奪い取った。 「なぁ、長門、あのディスク、大丈夫なのか?」 「……分からない。あのディスクには高度なプロテクトがかけられている。それを解くには情報操作が必要」 と言ってチラッとハルヒを見た。そうか、アイツがいるからそれができないんだな? そう聞くと長門はコクッと頷いた。古泉もこの話を聞いていたらしく、アイコンタクトを送ってくる。ピコッ、とパソコンの起動音がした。 「さぁて、この中身はなんなんでしょうね!?もしかして宇宙人からのメッセージが入ってるとか!?あ!まさか!キョン、実はあんたのディスクで、中にいやらしい画像とかが入ってるんじゃないでしょうね?」 馬鹿かお前は。もし本当に自分のだったらいちいち人に聞かんぞ。 「さぁ、どうかしら?あ、ついたついた」 そういって起動したパソコンに目を移す。長門は少し緊張した顔をしている。古泉もいくらか真剣な目をしていた。 カチッ。 その音を聞いて俺は自分の意識を突如として失った。 ================================================================= 「一体何よこれ!?どうなってんのよ!」 ディスクのデータをクリックして起動させたとたん、部室一面が闇に覆われてしまった。 ぱっと見、前に見たキョンと二人っきりの夢の世界に似てるけど・・・ ううん、ぜんぜん違うわね。あの巨人こそいないものの、なんか禍々しいものを感じるというか・・・ 「ね、ねぇキョン?」 これどうなってんのよ!?と言いかけてあたしは言葉を失った。 だってそこにはさっきまでいたはずのキョンが、いや、キョンだけじゃない。有希やみくるちゃんや古泉くんといったみんなが、どこを見回しても影も形もなく消えちゃってるんだもの。 もう一度パソコンに目を移す。だってこれをやってからおかしくなったのよ?だったらもっかいなにかをやれば元に戻るはずよ!そう思ってパソコンに手を伸ばしたとき、突如あたしの後ろから声がした。 「ふふふ、お久しぶりね、涼宮さん?」 ハッとして後ろを振り返る。 「あんたは・・・朝倉?!いつの間に!?いったいどこから!?」 「あら、せっかくの再開なのに、その言い様はないんじゃないの?」 「そんなことどうでもいいのよ!それよりも、ねえ、あんた、みんなのこと知らない!?」 「知ってるわ。だってあたしが閉じ込めたんだもの。」 「ならさっさと解放しなさい!」 「いいわよ。ただし、命をかけた『闇のゲーム』でわたしに勝てたら、だけどね。もちろん決闘で」 そういって朝倉は左手をガッツポーズの形にした。その腕にはいつの間にか決闘盤(デュエルディスク)がついている。一体いつの間につけたのかしら?それに『闇のゲーム』って・・・まさにあたしが今日読んでたあたりじゃない!でも今はそんなこと気にしてる場合じゃない。 「なんだかよく分かんないけど、その勝負、乗ってやろうじゃないの!このあたしに決闘を申し込んだことを後悔させてやるわ!」 そう言ったとたん、急に左手に重量を感じた。なんと、あたしの腕にも決闘盤が。 ほんと、これこそまさに不思議よね。・・・てそんな場合じゃなかった。 「分かったわ。それじゃあいくわよ?」 「「決闘!!!」」 掛け声とともにあたしたちはデッキから5枚のカードを引いた。 「ふふふ、闇のゲームの始まりよ!わたしの先行、ドロー!そうね、ここはリバースカードを2枚セット、さらにモンスターを守備表示でセット。これでわたしのターンは終了」 朝倉がカードをセットするのと同時に巨大なカードのビジョンがブォンという音と一緒に部室内に現れる。何よこれ!超おもしろそうじゃないの! 「それじゃいくわよ!朝倉!あたしのターン!ドロー!あたしはヂェミナイ・エルフ(攻1900/守900)を召喚!」 さっきと同じように、ブォンという音とともにフィールドに双子エルフのヴィジョンが出現する。 「それじゃ、いくわよ!ヂェミナイ・エルフであんたのモンスターを攻撃!」 エルフの姉妹の息のあったコンビネーション技が相手に決まり、セットされたモンスターがパリーンという音とともに撃破される。凄いじゃないの、これ!!! 「やったわ!どうよ、朝倉!さっさと観念しなさい!」 「ふふっ、ありがと、涼宮さん。あなたの攻撃したモンスターはリバースモンスター、メタモルポット(攻700/守600)だったの」 メタモルポット・・・確かアレは・・・ 「あなたの攻撃でメタモルポットは表表示となり効果発動!お互いのプレイヤーは手札を全て捨てて、新たにデッキから5枚引く」 やっぱり!?せっかく手札にいいカードがあったのに!ううう、悔しいわね。 「あんた、よくもやってくれたわね!?」 「ううん、本当はこれからなのよ?」 といって朝倉が微笑む。それを見たあたしは、なんだか嫌な予感がしたの。まあそれは奇しくもあたることになるんだけど・・・ そして突然、ウヲヲヲヲヲヲという地獄の底から響いてくるような雄たけびが聞こえ、暗黒の渦が現れ、雷とともに中から一体の白銀の悪魔がフィールドに舞い降りた。 なんで!?なんでこんな強そうなモンスターがいきなりでてくんのよ!? 「このカードは暗黒界の軍神シルバ(攻2300/守1400)。このカードは他のカードによって手札から墓地に送られたとき、フィールドに特殊召喚することができるの。あなたがメタモルポットを攻撃してくれたおかげよ。そのおかげでデーモンの召喚が墓地にいっちゃたんだけどね。一応お礼を言わせてもらうわ」 何よそれ、反則じゃない。いきなり2300とか対抗できるわけないじゃないの! 「だ、だったらリバースカードを1枚セットしてターン終了よ!」 朝倉、かかってきなさい!あんたなんか次のターンでボコボコにしてやるんだから! 「わたしのターン、ドロー!まずは手札から魔法カード、未来融合-フューチャー・フュージョン-を発動!このカードが発動したとき、わたしは融合モンスターを指定して、それの融合素材をデッキから墓地に送る。そして2ターン後のスタンバイフェイズ時にその融合モンスターを特殊召喚することができるの。ちなみにわたしが選ぶモンスターは有翼幻獣キマイラ。よって、デッキから幻獣王ガゼルとバフォメットを墓地に送るわ」 ううう、厄介なカードね。でもなんでキマイラ?あれはそこまで強くないじゃない。 「そして手札からシャインエンジェル(攻1400/守800)を召喚!」 リクルーターね。戦闘で破壊してもデッキから特殊召喚してくる嫌なカードだわ。 「ふふふっ、それじゃバトルフェイズね。いくわよ!暗黒界の軍神シルバでヂェミナイエルフを攻撃!」 やっぱり来たわね。でもこの攻撃をくらうわけにはいかないのよ! 「今よ!リバースカードオープン!攻撃の無力化!よってシルバの攻撃は無効よ!」 「なんですって!?」 「残念だったわね、朝倉!これであんたのバトルフェイズは終了よ!」 「やるわね。ターン終了よ」 ふう、危なかったわ。エルフが破壊されてたら結構やばかったかもね・・・いくわよ!朝倉! 「あたしのターン!ドロー!あたしは手札から魔法カード、召喚師のスキルを発動っ!このカードは、デッキから星5以上の通常モンスターを手札に加えるカード。あたしはこの効果で真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)を手札に加えるわ。」 「あら、あなたのフィールドにはモンスターは1体しかいないわよ?どうやって出すつもり?」 「まだあたしのメインフェイズは終わってないわ!今度は手札から黒竜の雛(攻800/守500)を召喚!」 「ふふっ、なぁに、そのかわいい竜は・・・ん?・・・・はっ!そ、そのカードは!?」 「ようやく気がついたようね、朝倉!あたしは黒竜の雛の効果を発動!表表示でフィールドに存在するこのカードを墓地に送ることによって、あたしは手札から真紅眼の黒竜を特殊召喚することができる。出でよっ!真紅眼の黒竜((攻2400/守2000)!」 フィールド上にいた可愛らしげな雛が閃光に包まれたかと思うと、疾風とともに中から大きな黒竜が現れた。くううう、かっこいいじゃない!あたしのレッドアイズ!!! 「えっ・・・ここで一気に形勢逆転されるなんて!?」 朝倉の顔に驚きの色が浮かぶ。いくわよ、レッドアイズ! 「バトルフェイズに入るわ!レッドアイズでシルバに攻撃!」 レッドアイズが口を開き、そこに熱く燃え盛る炎がみるみるうちに集まっていく。 「喰らいなさい!黒・炎・弾!!!」 レッドアイズの口から炎が発射され、シルバを捕らえた。ドガァァァァァンという轟音の後にはもはやシルバは完全に消え去っていた。 「くっ!!!やるわね!?」 よし、朝倉のライフが3900になったわ。このまま一気に攻めるわよ! 「それと、ヂェミナイエルフでシャインエンジェルを攻撃!」 「きゃあああ!!!!」 これで朝倉のライフは3400。このまま一気に押し切るわよ! 「ちょ、ちょっと待ってもらえる?シャインエンジェルの効果を発動するわ」 なによ?なんかあるわけ? 「シャインエンジェルが先頭で破壊されたとき、わたしは攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚することができるわ。だからわたしはもう一度シャインエンジェルを特殊召喚」 リクルーターだったのすっかり忘れてたわ。まぁ盾ってわけね。なかなかしぶといじゃないの。 「これであたしのターンは終了よ」 「それじゃあわたしのターンね。ドロー!そうしたらリバースカードを2枚セット。シャインエンジェルを守備表示に。これでターン終了するわ。かかってきたらどう?涼宮さん?」 なんだ、朝倉ったらよくわからない魔法使っただけで何もしかけてこないじゃない。あのリバースカードは気になるけどね。あたしのライフはまだ無傷だし、攻撃あるのみ、かしら。 「あたしのターン、ドロー。下級モンスターはこない、か。なら戦うしかないわね、いくわよ、ヂェミナイエルフでシャインエンジェルを攻撃っ!」 どうどう?トラップは来るの!?・・・とハラハラしたが、どうやら間違いだったみたいね。だって、苦い顔しながら効果でもう一度シャインエンジェル出してきたくらいだもん。 これってかなりのチャンスよね!? 「続けてレッドアイズでシャインエンジェルを攻撃よっ!黒・炎・弾!!!」 朝倉のモンスターは攻撃表示。特殊召喚されるのは厄介だけど、1000ダメージは大きいわね。なんて思ってる間に黒炎弾がシャインエンジェルに命中し、爆発が起きる。それで出た爆煙がフィールドを埋め尽くした。 でも朝倉が包まれる寸前、その顔に笑みが浮かんでいたのは気のせい、よね・・・? 「どうよ朝倉。1000ダメージは痛いでしょ!?あんたがいくらモンスターを呼ぼうと・・・」 「それ、よんでたわよ、涼宮さん!あなた、自分のライフを見てみなさい」 煙の中で朝倉が笑う。何が言いたいのよ?あたしのライフ4000のままでしょ?減ってるわけが・・・・・ あれ?なんで?なんであたしのライフが3000になってんの!? 「それはわたしがトラップを発動したから」 煙が徐々に晴れ、そのトラップが姿を現した。 「トラップカード、ディメンションウォール。このカードは、プレイヤーが戦闘ダメージを受けたときに発動するカード。その戦闘ダメージを相手に与えることができる。よってあなたに1000ダメージ!」 「くっ、そうくるなんて思ってもみなかったわ」 最初の攻撃で使ってこなかったのは戦闘ダメージが発生しなかったからなのね。モンスターを伏せてこなかったのも、確実にシャインエンジェルに攻撃させるため、か。 ホント強いわね、こいつ。ライフ的には負けてるけど、朝倉の場はリバースカード1枚と未来融合だけ。次の朝倉のスタンバイフェイズにキマイラが出てくるけど・・・ レッドアイズの敵じゃないわね。それにこのカードがあればキマイラなんてちょちょいのちょいよ。しょうがないけど、このターンはもう何もできないかな。 「あたしはリバースカードを1枚セットしてターン終了!」 「いくわよ、私のターン。ドロー!スタンバイフェイズで有翼幻獣キマイラ(攻2100/守1800)を未来融合によって特殊召喚!」 残念だったわね、キマイラは破壊させてもらうわよ! 「今よ!リバースカードオープン!速攻魔法、サイクロン発動!」 相手ターンでも使える速攻魔法。サイクロンはその中でもかなり優秀で、フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊することができる。 未来融合は、未来融合自体が破壊されたら特殊召喚した融合モンスターも破壊する効果も持っていたはず。これで相手のフィールドはほぼがら空きね! 「もちろん破壊するカードは未来融合よ!」 グラフィック化された未来融合のカードに向かって一つの竜巻が迫る。これで朝倉ももうお終いよ! 「惜しかったわね!リバースカードオープン!カウンタートラップ、マジックジャマー!このカードは手札を1枚捨てることによって、相手の魔法カードの発動を無効化し、破壊することができるカード。よって、わたしは手札を1枚捨てて、サイクロンの発動を無効化するわ!よって、キマイラも健在よ。」 竜巻の進行方向に魔方陣が突如として現れ、竜巻を吸い込んでいった。 「ふ、ふんっ。でもあんたのフィールドにはキマイラしかないじゃない。だったら早めにあんた自身で負けを認めなさい!それで、このゲームを終わらせてみんなに会わせなさい!」 あたしがそう言ったとき、朝倉は、ふふふっ、とこれで何度目か分からない笑いをこぼしたの。その眼には狂気の色を浮かべて。 「そうね、このゲームを終わらせるのにはわたしも賛成だわ。でもね、負けるのはあなたよ」 何言ってるのよ、圧倒的に有利なのはあたしのほうじゃないの。 「見てれば分かるわよ。嫌でもね」 その時あたしはなんだかとっても嫌な感じがしたの。何度もそれが何かの間違いであるように願ったわ。でもね、嫌な予感ってのはなかなかはずれないもんなのよね。 「まずは速攻魔法、魔道書整理を発動。これによってわたしはデッキの上から3枚までのカードを見て、それを好きな順番で戻すことができる」 朝倉はデッキの上から3枚のカードをめくり、ふふん、と笑って順番を入れ替えた。何考えてるのかしら?まったく分からないわ。 「残念ね、涼宮さん。あなたの負けはもう規定事項みたい」 は?あんた何言ってるのよ? 「ふふっ。すぐに終わらせてあげるわ。わたしは、墓地に存在する、デーモンの召喚、暗黒界の軍神シルバ、バフォメット、シャインエンジェルの、3枚の闇の悪魔、1枚の光の天使をゲームから除外し、混沌の世界から破滅の使者を呼ぶわ!降臨せよ!天魔神ノーレラス(攻2400/守1500)!!!!!」 そう朝倉が言い放つと、あたしと朝倉の間に闇が集まり、ゲートを作り出した。そのゲートの中心部から一筋の光が放たれ、その中から暗黒の巨体に闇の翼を生やし、髑髏の仮面をつけた、邪悪な魔人が現れた。なんなのよ、コイツは・・・ 「お、大口たたいた割には、出てきた奴はレッドアイズと同じ攻撃力のモンスターじゃない。あんた、まだ本当に勝つつもりなの?」 確かにレッドアイズと同士討ちされて、キマイラでヂェミナイを攻撃されたら痛いわね・・・でもあたしの手札には聖なるバリア-ミラーフォース-があるのよ。次のターンで相手モンスター全滅よ!この状況であたしが負けるわけないじゃない。 「あら、何を勘違いしてるの?わたしはノーレラスでは攻撃しないわ」 じゃあ何のために出したっていうのよ? 「もちろん効果のために決まってるじゃない。あなたを敗北の道に突き落とすための効果をね」 あんた、一体なにを考えてるのよ? 「見せてあげるわ!ノーレラスの効果発動!プレイヤーはライフを1000払うことによって、お互いのフィールド、手札を全て破壊し、墓地に送る!その後、お互いはカードを1枚引く」 ええ!?あたしのミラーフォースが!レッドアイズが!なんてことなの!フィールドと手札がリセットされちゃったじゃない!こんなのって反則よ! で・・・でも何かしら?何か忘れているような気が・・・・ 「あながちそれも間違いじゃないわ」 その言葉であたしは朝倉のフィールドを見て、そして驚いた。 「なんで!?すべてのカードが破壊されたはずなのになんであんたのフィールドにモンスターがいるのよ!」 おかしいじゃない!まだカードだってドローしてないわよ? 「あなた、キマイラの効果、覚えているかしら?」 キマイラの効果・・・?確か・・・キマイラが破壊されたときに、墓地から幻獣王ガゼルかバフォメットを場に特殊召喚できる・・・・・っ!!! 「そうよ。ノーレラスによって破壊されたキマイラは効果を発動!わたしは幻獣王ガゼル(15攻00/守1200)を攻撃表示で特殊召喚!」 あたしには今手札も場もがら空き・・・次のターンまでもつの?! 「それよりも涼宮さん、わたしたちはまだドローしてないわよね?」 ええ、そうね。このドローで次のターンにつなげるしかないもの。 「それと、さっきわたしが使ったカードも覚えてる?」 何だったかしら?確か・・・魔道書整理・・・ってまさか!?今のために!? 「そうよ。全てはこのときのため。それじゃあゲームを終わらせましょうか。あなたの敗北でね。幻獣王ガゼルを生け贄に、偉大魔獣ガーゼット(攻0/守0)を召喚!」 攻守0ですって?そんなカードで何ができるっていうのよ? 「あら、あなたはこのカードの効果を知らないの?なら教えてあげる。このカードはね、このカードを召喚するのにつかった生け贄モンスターの攻撃力の2倍の数値を自分の攻撃力として得ることができるのよ」 そ・・・それじゃあ今、ガーゼットの攻撃力は・・・・・ 「3000、ね。ちょうどあなたのライフポイントと同じね」 あたしは絶望した。この攻撃を耐えることなんて不可能だから。そう・・・あたしの負け、なのね・・・ 「朝倉、あたしの負けよ。でも、ひとつだけお願い聞いてもらえないかしら?」 「いいわよ。どうせこの後消えちゃうんだもんね。わたしにできる範囲なら構わないわ」 よかった。それを聞いて安心したわ。 「じゃ、じゃあ・・・・・キョンに会わせてほしいの」 「あら、そんなことでいいの?いいわよ、会わせてあげる。でもしゃべっちゃ駄目よ?」 分かったわ。会えるだけでも十分よ。それを聞いて朝倉は満足したのか、ポケットからカードを1枚取り出し、なんかよくわからない言葉を早口でつぶやいた。そして、カードが一瞬光ったかと思うと、部室の空間の一角が歪み、そこからキョンが出てきた。 あれから数十分しか経ってないのに、すごく懐かしく感じる。でも、キョンは目を閉じていた。 「ちょっと!キョン、気失ってるじゃない!あんた、何やったのよ!」 朝倉は、大丈夫よ、と言うと、また謎の早口言葉を始めた。なんなのかしら、あの呪文は。 「お久しぶりね、キョン君」 しばらくして朝倉がそういうと、キョンが目を覚ました。 ああ、これでもう未練はないわ。いや、もうすこしこいつと話がしたかったな・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・ 「大丈夫か!?ハルヒ!?」 体が動かせない分、ありったけの声を張り上げる。頼む!無事でいてくれ! 「そんなに心配しなくてもすぐ起きるわ。何もしてないもの。だって彼女、まだ罰ゲームを受けてないからね」 「貴様!これ以上ハルヒを苦しめるな!なんなら俺が相手になってやるぞ!」 俺なりに一番迫力がありそうな眼で朝倉を睨み付ける。身体はエースキラーに捕まったウルトラ兄弟みたいな格好で動かせないがな。そこ、ダサいとか言うな。 「でもこの決闘は彼女も望んでしたこと。きつく言うようだけど、部外者のあなたには関係ないことよ。闘ってみたいっていう気持ちもあるけどね」 な、なら俺と・・・! 「あら、彼女が起きたみたいよ」 俺は、朝倉がそう言い終わるのよりも早くハルヒのほうを向いた。 「おいハルヒ!ここからさっさと逃げろ!逃げるんだっ!」 「・・・あんた、何勘違いしてるの?」 ハ・・・ハルヒ?その顔は冷静そのものだった。 「決闘ってのはね、そもそも古代ローマで、奴隷たちが自由を求めて命を懸けて闘ったのが始まりなのよ?それはあたしたち決闘者も同じ。あたしは負けた。命を懸けた決闘に。その闘いはあたしの望んでしたことだった」 その真剣な表情に俺は何も言い返せなかった。俺にこんな覚悟はできるだろうか。俺はハルヒみたいに何かに命を懸けられるだろうか。 「だからね。あんたには笑って見送って欲しいの」 ハルヒ・・・お前・・・ 「お話中悪いけど、そろそろいいかしら?もともとしゃべらないって約束だったんだし」 「ええ・・・そう、ね。もう時間ってわけか。」 ちょっと待ってくれ・・・頼む朝倉・・・待ってくれ! そんな俺の必死の願いも虚しく、朝倉はポケットから何も書かれていないカードを取り出した。 「それじゃ、さようなら。涼宮さん。罰ゲーム!!!魂の牢獄!!!」 そしてその口から無情な言葉が発せられた。ハルヒの体から光が抜け出し、カードに吸い込まれていく。全ての光がカードに吸い込まれる直前、あいつは言ったんだ。 「今までありがとね・・・キョン・・・」 静かに、そして悲しい微笑みを浮かべながら。 「ハルヒ!?ハルヒーーーーっ!!!!!!」 ドサッ。 ハルヒが床に倒れる。その瞬間、俺の体も動くようになっていた。その証拠に、その場に俺は泣き崩れていたんだ。 「くそおおおおぉぉおおおぉおおぉおぉ!!!!」 なんで!なんで俺じゃなかったんだ!なんで俺じゃいけなかったんだ! 「ひとつだけ、いい事を教えてあげる」 なんだ・・・? 「涼宮さんがわたしの闇のゲームを受けたのはね?あなたたちのためだったのよ?」 ・・・・・それはどういう意味だ? 「わたしは、あのディスクが起動したとき、対象を全ての能力を封じ、かつ意識を失わせた上で空間閉鎖された亜空間に閉じ込めるようにしたの。あ、いい忘れたけど亜空間っていうのはこのカードね」 そういって朝倉はみんなが描かれたカードを見せてきた。 「もちろん、対象と言うのはあなたたちのこと。」 それじゃあハルヒは・・・ 「あなたたちを助けるためにわたしの決闘を挑んだのよ」 体中に電撃が走ったみたいだった。悔やんでも悔やみきれないとはこのことだろう。そう。この事件は俺が引き起こしたも同然、いや、俺が引き金となって起こったものだったのだ。そのために古泉が。長門が。朝比奈さんが。そしてハルヒが。 それと同時に俺は分かったんだよ。俺が命を懸けれる、懸けなければならないものってのがな。 「・・・・・朝倉」 「なにかしら?」 「俺はお前に闇のゲームを申し込む」 あいつらのためなら、あいつらとの毎日を取り返すためなら、この命、微塵も惜しくはない。 「そうね。いいわよ」 ならば話が早い。いまここで・・・ 「でも条件があるわ」 条件だと?さっさと言え。 「それはあなたがわたしのところに辿り着く事」 はぁ?お前はなにを言っているんだ?全く話がつかめんぞ。ちゃんと言え。 「んん、もう。キョン君が突っ込むのが早いんじゃない。ちゃんと聞いてよね」 ああ。分かった。 「これからあなたにはある島に行ってもらって、その島にあるお城を目指してもらうわ。でもここからが重要。お城に入るには4つの証が必要なの。その4つを持っているのは4人のプレイヤーキラー。1人1つ持ってるから全員倒してもらうわ」 簡単に言うと、全員倒さなきゃお前とは闘えんということか。 「うん。そういうこと。言い忘れてたけど、あなたのライフと命は繋がってるからね」 簡単に言うと、俺のライフが0になったら俺は死ぬってことか。 「うん。そういうこと」 ・・・負けるわけにはいかないな。あいつらのためにも、俺のためにも。 「分かった。それじゃ、俺を島へ送ってくれ」 構わん。俺は勝たなきゃならないからな。いや、勝つんだからな。 「ふふっ。そういうところ、嫌いじゃないわよ。ええ、分かったわ。始めましょうか。」 ・・・・・すぐに助けてやるからな。待ってろよ、ハルヒ、長門、古泉、朝比奈さん。 「「それじゃあいく「わよっ!」「ぞ!」」」 「「決闘!!!」」 そう口にした瞬間、俺は閃光に包まれ目を閉じた。 失ったもの、命を懸けられるもの、その「答え」を取り戻すため。 俺は長く険しい闘いのロードへと足を踏み出したんだ。 ~涼宮ハルヒの決闘王国2へ続く~ ※この作品は「涼宮ハルヒの決闘」を参考にさせていただいております。 このような場所で恐縮ですが、改めてお礼とお詫びを言わせていただきたく思います。 作者様、どうもありがとうございました。そして、許可なく参考にさせていただき、すみませんでした。
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一体、何がどうなっているのか。 この状況下を理解できている奴がいるならとっとと俺の前に来てくれ。すぐには殴らないから安心しろ。 洗いざらい聞き出してからやるけどな。理解できるのは首謀者以外ありえないからな。 『一度しか言わないので、聞き逃さないようにしてください』 そう体育館内に聞き覚えのない声が響き渡る。 まず、状況を説明しよう。俺たちは今体育館にいる。外は薄暗く、窓から注がれる月明かりしか体育館内を照らすものがないが、 それで体育館内の壁に立て掛けられている時計の時間がかろうじて確認できた。1時だそうだ。午後ではなく午前の。 体育館内には北高生徒が多数いた。皆不安そうな表情を見せつつも、パニックを起こすまでには至っていない。 何でそうなる可能性を指摘しているのかと言えば、俺たちがどうしてこんな夜中に体育館にいるのかがさっぱりわからないからだ。 俺は確かベッドに潜り込んで寝たはずだ。次の瞬間、気が付いたら体育館の中と来ている。 夢遊病でも制服まで着込んでこんな遠くまでくるなんてありえないし、大体これだけの大人数が突然夢遊病に かかって同じ場所に集結するなんて絶対にあり得ないと断言できる。ならば、これは何者かがしくんだ陰謀と見るべきだろうな。 それも、普通の人間の仕業ではなく、いつぞやの雪山で起きた建物に俺たちを閉じこめてレベルの連中が仕掛けたのだろう。 俺もここまで冷静な思考ができるようになっていたとはうれしいよ。 『ルールは簡単です。今から3日間、あなた達が生き残れば何もかも元通りになります。しかし、全員死んでしまった場合、 この状況が現実になってしまいます。ようは一人でも生き残れば、例えその他の人が死んでもそれはなかったことになり、 一人も残れなかった場合は全員死んだままになると言うことです。あと助けを求めようとしても無駄です。 現在、この空間にはこの施設内以外には人間は一人も存在していません。電話も通じません』 一方的すぎる上に訳がわからん。どうしてこんなことになってしまったのか。前日を思い出してみるか。 ◇◇◇◇ 季節は春。3学期も半ばにさしかかり、残すイベントは球技大会ぐらいになっていた。 俺たちはいつも通りにSOS団が占領下においている部室に集まって何気ない日常を送っていた。 放課後になって、朝比奈さんのお茶をすすりつつ、古泉とボードゲームに興じる。 ワンパターンと言ってしまえばそれまでだが、平穏であることを否定する必要もない。 「おい、ハルヒ」 相変わらず激弱な古泉をオセロで一蹴したタイミングで、俺はあることを思い出してハルヒを呼んだ。 退屈そうにネットをカチカチやっていたハルヒは、 「なーに?」 「今度、球技大会があるだろ? おまえも参加しろよな」 「いやよ、めんどくさい」 とまあつれない返事を返されてしまった。ちなみにこうやって参加を促しているのは、 別にスーパーユーティリティプレイヤー・ハルヒを参加させてクラスに貢献!なんて考えているわけではなく、 クラスメイトの阪中からハルヒを誘ってほしいと言われたからである。 最初は戦力としてほしいから言っているんだろうと思ったが、もじもじしている阪中を見ていると どうも別の理由があるらしい。ま、いちいち他人のことに口を出してもしょうがないし、 阪中自身が言いづらいから俺のところに頼みに来ているのだろうから、快く引き受けておいたがね。 「おまえな……たまにはクラス行事に参加しろよ。いつまでも腫れ物扱い状態で良いのか?」 「べっつに構わないわよ。気にしないし。大体、球技大会ってバレーボールじゃない。そんなありきたりのものに 参加したっておもしろくもないじゃん。南アルプスでビッグフット狩り競争!ってのなら、喜んで参加するわよ」 「そんな行事に参加するのはお前くらいだ。おまけに球技大会ですらねえよ」 俺のツッコミも無視して、良いこと思いついたという感じにあごをなでるハルヒ。 このままだと春休みにはアルプスに連れて行かれかねないな。 「あー、でも一般客も見に来たりするんだっけ? それなら、クラスじゃなくてSOS団としてなら参加して良いわよ。 いいアピールにもなるしね。ユニフォームのデザインはまっかせなさい!」 「勝手に変な方向に話を進めるな!」 俺の脳裏に、開会式にSOS団が殴り込みを掛ける映像が再生される。それも全員がハルヒサナダムシ風ユニフォームを着込んで いや、朝比奈さんだけは別か。何を着せられるのやら。ハルヒなら本気でやりかねないから冗談にもならん。 「やれやれ……」 難しいとは思っていたが、こうも脈がないとハルヒ参加は無理みたいだな。阪中には明日謝っておこう。 で、その後は古泉とのボードゲームを再開。夕方になって全員で帰宅モードへ移行。何気ないいつもの一日だった。 ただ、少し気になったのは部室内にいる間、少し様子のおかしかった長門だ。何かを問いかけられた訳でもないのに どうも数センチだけ頭を傾ける仕草を頻発していたのが少し気になっていたので、 「……長門。どうかしたのか?」 帰り道でハルヒに気づかれないように聞いてみる。長門はしばらく黙っていたが、 「情報統合思念体とのアクセスが不安定になっている。原因不明。私自身のエラーなのか、外部からの妨害なのかも不明」 「また、やっかいごとか?」 「回答できない。情報があまりに不足している。帰宅次第、調査を続行する」 「そうか」 俺は嫌な予感を覚えていた。特に長門自身のエラーということについて、つい敏感に反応してしまう。 あの別世界構築騒動の再来になりかねないからだ。 と、長門が俺に視線を向け続けていることに気が付く。そして、俺の不安を察知したのか、 「大丈夫。前回と同じ事にはならない。私がさせない」 きっぱりと言い切った言葉に俺はそれ以上不安を覚えることはなかった。 で、その後は夕飯を食って、部屋で適当にごろごろして、ベッドに潜り込んだ…… ◇◇◇◇ 『校舎と校庭の方にはたくさんの武器が置いてあります。自由に使って構いません。あと、本日午前6時までは何も起こりません。 では、がんばってください』 そこまで言うと、声が止まった。生徒達のひそひそ声がかすかに聞こえるようになる。 昨日のことを思い出してみたが、おかしかったのは長門の様子ぐらいだ。確かに、雪山でも長門の異常とともに、 あの洋館に押し込められたっけか。今回も同じと言うことなのか? 「やあ、あなたも来ていましたか」 考え事をしていたため、目の前のスマイル野郎の急速接近に気が付かなかったことが悔やまれる。 古泉の鼻息が頬にあたっちまったぜ、気色悪い。 俺は微妙な距離を取りつつ、 「ああ、本意どころか、夜中の学校に迷い込んだ憶えもないがな。お前も同じか?」 「ええ、気が付いたらここにいたという状態です。してやられましたね。油断していたわけではありませんが」 そう肩をすくめる古泉だ。ニヤケスマイルはいつも通りだが。 「キョン!」 「キョンくん~!」 「やっほー!」 と、今度は背後から聞いたことのある声が3連発だ。最初のがハルヒで次に朝比奈さん、最後は鶴屋さんだな。 振り返らなくてもわかるね。で、その中には長門もいると。 「全くなんなのよ、これ! 誰かのいたずらにしては大げさすぎない? 人がせっかく暖かい布団でぬくぬくしていたのにさ!」 そうまくし立て始めるハルヒ。こいつにとっては燃えるシチュエーションのはずだが、 寝ていたところをたたき起こされた気分のようで、すこぶる荒れているみたいだな。 「こ、これなんなんですかぁ~。どうしてあたし、学校の体育館にいるんですかぁ?」 涙目でおろおろするばかりの朝比奈さん。これはこれで……ってそんなことを考えている場合じゃない。 俺は即座にこの状況を唯一理解できそうな長門の元へ行く。 相変わらずの無表情状態だったが、少し曇った印象を受けるのは闇夜の所為ではないだろう。 「おい、長門。これは昨日言っていた異常の続きって奴か?」 「…………」 俺の問いかけに長門は答えなかった。もう一度同じ事を聞こうとして、彼女の肩をつかむと、 「情報統合思念体にアクセスができない」 長門はぽつりと言った。あの親玉にアクセスができない? となると、ますます雪山と同じ状況じゃないか。 「ちょっとちょっとキョン! 何こそこそやっているのよ! まさか有希をいじめているんじゃないでしょうね!」 人聞きの悪いことを言いながら俺に詰め寄るハルヒ。こんな状況でいじめる余裕がある奴がいるなら会ってみたいけどな。 そこに、古泉が割って入り、 「まあまあ。けんかをしている場合ではないでしょう。それにこれ以上、体育館にいても仕方ありません。 とりあえず、外に出てみませんか? どうやら、これをしくんだ者からのプレゼントもあるようですし」 「そうね」 ハルヒは素直に古泉の提案を受け入れ、体育館の出入り口に向かう。 「ひょっとしたら、辺り一面砂漠になっていたりして! なんだかワクワクしてきたわ!」 もうハルヒはこの状況を受け入れつつあるらしい。らしいといえばらしいが。 ふと気がつくと、今までひそひそ話をする程度だった他の生徒たちも俺たちについてくるように、 体育館の出入り口に向かって歩き始めていた。一様に不安そうな表情を浮かべているものの、 特に錯乱するような奴はいない。なんだ? おかしくないか? どうして誰も泣いたりわめいたりしない? 「気づいたようですね」 またニヤケ男が急接近だ。しかも、耳元に。吐息が当たって気色悪いんだよ! 「何がだ」 「他の生徒の様子ですよ。まるで落ち着いている。ちょっと動揺しているように見えますが、 表面上だけです。訓練された人間でもこうはいかないでしょう」 「そのようだな。でも、ひょっとしたらみんな肝が据わっているだけかもしれないぞ」 「それはありえません。あなたが初めて涼宮さんに絡んだことに出くわした時を思い出してみればわかるはずです。 しかも、ざっと見回す限り1学年のみの生徒がいるようですが、それでも数百名のうち一人も錯乱しないわけがありません」 「何が言いたい?」 「まだ結論を出すには早いですが、何らかの人格調整を受けたか、あるいは――」 古泉は強調するようにワンテンポおいて、 「姿形だけ同じで、中身は全然別物かもしれませんね」 そこまで言い終えた瞬間、俺たちは体育館から外に出た。 ◇◇◇◇ 「なに……これ」 呆然とハルヒがつぶやく。俺も同じだ。驚きを通り越してあきれてくるぞ、これは。 体育館から出てまず気がついたのは、武器の山だ。体育館の周りに所狭しと銃器が山積みになっていた。 俺は思わずそれを一つとり、 「M16A2か。状態も良さそうだ」 そう知りもしないはずなのにつぶやく。さらに安全装置などを調べている間に、俺ははっとして気がつく。 「なあ古泉。俺はいつからミリタリーマニアになったんだ?」 「さて、僕もあなたのそんな一面を今までみた覚えはありませんが」 古泉も同じようにM16A2を手慣れた感じに、チェックしている。当然だ。俺は映画以外では鉄砲なんて みたこともないし、ましてや撃ったこともない。さわったことすらない。しかし、なんだこの手慣れた感触は。 使い方、撃ち方、整備の仕方までどんどん頭の中に浮かんでくるぞ。どうなっているんだ一体! 「みてください。弾丸の詰まったマガジンも山積みです。どこかと戦争になっても一年は戦えそうですよ」 しばらく古泉は表情も変えずに古泉は武器の山を眺め回していたが、やがてそばにいた長門となにやら話し始めた。 「キョンあれ見てアレ!」 ハルヒが興奮気味に指したのは、校庭だ。そこには10門の火砲――120mm迫撃砲と、 一機のヘリコプター――UH-1が置かれている。って、やっぱりすらすら知りもしない知識が沸いて出てきやがる。 「なによこれ、いつから北高は軍事基地になったわけ?」 なぜか不満そうなハルヒ。あまりこっちのほうは好みではないのか? そんな中、朝比奈さんは不思議そうに無造作に並べれられている迫撃砲の砲弾を突っついている。 「うわ~、何ですかこれ? 初めて見ましたぁ~」 「こらみくる、さわると危ないよっ! 爆発するかもしれないんだかさっ!」 「ば、バクハツですかぁ!?」 びっくりして縮こまる朝比奈さんとおもしろそうにマガジンの山をつっついている鶴屋さん。まあ、鶴屋さんがいれば 大丈夫だろ。 「おい、これって俺たちに戦えってことじゃないのか?」 突然、聞き覚えのない声が飛んできた。さらに、 「さっき、体育館で聞いたじゃない。3日間生き残ればいいって。きっと敵が襲ってくるのよ!」 「おいおい、俺は殺されたくねえぞ」 「そうよそうよ! 徹底抗戦あるのみだわ!」 突然俺たち以外――SOS団に関わりのない生徒たちが盛り上がり始めた。そして、次々とM16A2を手に取り、 構えたり、チェックをはじめやがった。何なんだ、何だってんだ。どうして、誰も疑問に思ったり拒否反応を示したりしない? おまけに俺と同じように知っているかのように扱っている。 さらに、狂った状況が続く。 「でも、ばらばらに戦っていちゃだめだ! 指揮官がいるな!」 「そうね!」 「誰か適任はいないのか?」 「そうだ! 涼宮さんなら!」 とんでもないことを言い出す奴がいたもんだ。よりによってハルヒだと? 一体どんな奴がそんなばかげたことを言い出したんだと声の方に振り返ると、そこには文化祭でドラムをたたいていた ENOZのメンバーの一人がいた。 当のハルヒはきょとんとして、 「あ、あたし?」 そう自分を指さす。さすがのハルヒでも状況が理解できていないらしい。 「そうだよ! 涼宮ならきっと俺たちを導いてくれる!」 「お願い涼宮さん! 指揮官になって!」 「俺も頼む! おまえになら命を預けられる!」 『ハルヒ! ハルヒ!』 「ちょ、ちょっと待っててば!」 と、最初こそしどろもどろだったが、やがて始まったハルヒコールにだんだん気分がよくなってきたらしい。 だんだん得意げな顔つきになってきたぞ。 「ふ、ふふふふふふふふ」 ついには自信に満ちあふれた笑い声まで発し始めやがった。 「わかったわ! そこまで頼られちゃ仕方がないわね! このSOS団団長涼宮ハルヒが指揮官としてあんたたち全員を 守ってあげるわ! このあたしが指揮する以上、どーんと命を預けてもらっていいわよ! アーハッハッハッハ!」 そうやって生徒たちの中心で拳を振り上げるハルヒ。あまりの展開に頭痛がしてきたぞ。 額を抑えていると、長門と密談を終えたらしい古泉がまた俺に急接近してきて、 「大丈夫ですか?」 「ああ、今ひどい茶番を見た」 微妙な距離を保ちつつ答える。古泉はやや困ったように表情を変え、 「それには果てしなく同意しますね。しかし、この強引すぎる茶番劇でしくんだ者の大体目的が理解できました」 「頭痛が治まったら聞いてやる……ん?」 ふと俺の目に二人の生徒がこの茶番劇な流れに逆行するようにこっそりと移動しているのが入ってきた。いや、正確に言うと、 一人が逃げるように移動し、もう一人がそれを追いかけているみたいだ。まあ、思いっきり見覚えのある奴なんだが。 「まずいよ、勝手に逃げ出しちゃ」 「馬鹿言え! こんなばかげた催しに参加してたまるか! おまけに総大将が涼宮だと? 冗談じゃねえよ!」 「でも、なんだかおもしろそうだよ? すごいものがいっぱいあるし」 学校の塀を必死に上ろうとするが、どうしてもうまくいかない谷口。そして、それをやる気なく止めようとする国木田。 何というか、この意味不明空間に閉じこめられてから、初めて正常と思える人間にであったな。 「おい、何やってんだ谷口。それに国木田も」 そんな二人に向かって声をかけると、谷口の野郎がまるで鬼でも見るような目で、 「く、くるなキョン! いや、別におまえに恨みはないが、セットで涼宮がついてくるかもしれないからな! 今は見逃してくれ! 頼む! 明日弁当をおごってやるから!」 もう谷口は今にも泣き出しそうだ。まさに普通の反応。安心するどころか癒されるね。まさかアホの谷口に 癒しを求める日がこようとは。 「まあ、落ち着け。いや、落ち着かないほうがおかしいけどな」 「どっちだよ」 すねた表情で谷口が抗議する。俺ははいはいと手を振りながら、 「とにかく、逃げだってどうにもならんだろ。ここがどこなのかもわからんしな。それにさっきの超不親切放送を信じるんなら、 3日間学校に閉じこもっていれば、何もかも元通りとのことだ。それなら学校のどっかに隠れていた方がマシだろ」 「僕もそう思うよ。別に殺されると決まった訳じゃないし」 国木田がうなずいて俺に同意する。しかし、谷口は聞く耳も持たず、またロッククライミングを再開して、 「うるせえ! そんなの信用できるか! とにかく俺は逃げる! 誰も知らないところで隠れて3日間逃げ切ってやるからな!」 わめきながら谷口はようやく塀を乗り越えようとした瞬間―― 「うわわわわわっ!」 情けない悲鳴を上げて、背中から落下する。 咳き込む谷口の背中をさする国木田を背に、俺もとりあえず塀を上ってみる。一応何があるのか確認しておきたいからな。 「……なんてこった」 塀を乗り越えた俺の目に広がったのは、絶望的に広がった暗闇だ。夜だからではない。学校の塀が断崖絶壁になり、 それよりも向こう側には何もなかった。崖のそこは暗く何も見えない。まさに底なしだ。落ちたらどうなるのか。 試してみたい気もするがやめておこう。 「畜生……なんてこんな目に……」 すっかり逃げる気も失せた谷口は、肩を落として地面に座り込んでいた。一方の国木田はいつものまま。 マイペースな奴だ。 俺はとりあえずハルヒの元に戻ることにした。谷口ももう逃げようとはしないだろうし、あとは国木田にでも任しておけばいい。 しかし、体育館入り口に戻った俺はさらに驚愕する羽目になった。 「ほらほらー! 時間がないんだからちゃっちゃと運びなさぁい! そこ! それ落としたら爆発するかもしれないから、 慎重に扱ってね! さあビシバシ行くわよ!」 校庭のど真ん中にたったハルヒが、メガホン片手に生徒たちを動かしていた。そこら中に散らばっている銃器や砲弾を 学校の校舎内や体育館に運び込ませさているらしい。実際、野ざらしだとどんなはずみで暴発するかわからんから、 ハルヒの判断は間違ってはいないが、すっかり指揮官なりきり状態にはいささか不安を覚える俺だった。 ◇◇◇◇ 「さて! じゃあ、SOS団ミーティングを始めるわよ!」 ハルヒの威勢のいい声が部室内に広がる。最初のとまどいもどこにやら、完全にいつものペースに戻っているようだ。 おまけに総大将とかかれた腕章まで着けている。すっかりその気になっているみたいだな。 全生徒総出での片づけがようやく終了して、現在午前4時の部室内にいるのは、 SOS団のメンバー+鶴屋さんの総勢6名である。 総大将ハルヒはどうやらSOS団関係者を中心としてこの事態を乗り切るつもりらしい。 「とにかく、このよくわかんない状況をとっとと終わらす必要があるわね! さっき体育館でなんて言っていたっけ? 古泉君」 「3日間一人でも生き残れば、その間にあったことすべてが無効となって、元の世界に戻ることができる。 しかし、全員死んでしまった場合はこの3日間の間に起こったことがすべて事実になる。ということのようでした。 あと、午前六時――あと一時間後までは何も起きないとも言っていましたね。それに我々以外の人間は存在せず、 助けを求めようとしても無駄だとも」 さわやかに答える古泉。ハルヒは満足げにうなずき、 「そう! それよ! さすが古泉君ね!」 なにが、さすが古泉なのかわからんが、そんなことはどうでもいい。 「おい、ハルヒ。ちゃんと状況を理解しているのか? 体育館で一方的に言われた内容だと、これから俺たちは 命をねらわれるということになるんだぞ。いつもの不思議探検ツアー気分でやっているんじゃないだろうな?」 「わかっているわよ、そんなこと」 当然だとハルヒ。さらに続ける。 「まあ、いつもならこんな訳のわからない超常現象に遭遇してワクワクしているかもしれないけど、 はっきりいってシチュエーションが気にくわないわ。仕掛けてきたのが宇宙人なのか未来人なのか異世界人なのか 知らないけどこんな不愉快な接触をしてくるなんてナンセンスすぎ! 説教の一つでもしてやらないと!」 これでハルヒが望んだからこんなけったいなことに巻き込まれたというのはなしだな。 ますます雪山の一件と同じになってきた。 ハルヒは仕切り直しというようにわざとらしく咳き込んで、 「まず、これからどうするかよね。有希、何か良い意見ある?」 何で真っ先に長門に聞くんだ。確かに一番適任かもしれないけどな。 話を振られた長門は、数センチ頭を傾ける動作をしたまま無言だった。 ハルヒはそれをわからないというポーズと受け取ったようで 「そっか、有希に聞いても仕方ないわね。じゃあ、古泉君は?」 今度は古泉に話を振るが、それに割り込むように鶴屋さんが大きく手を挙げ、 「はーい! やっぱさ、ここは偵察所を兼ねた前線基地を作ったほうがいいと思うねっ! 話を聞く限りだともうすぐこの学校は何かにおそわれるってことだけど、いきなり本拠地である学校への 襲撃を許したらまずいと思うんだっ! だから、少しでも敵を学校から引き離すためにさっ!」 「すばらしいわ、鶴屋さん! それ採用よ!」 はい、あっさりと終了。何気に息がぴったりな二人だな。しかも、鶴屋さん。 そんなことをすぐに思いつけるなんて、いくら名家の人とはいえこういった戦闘的な経験はあったりしませんよね? 話を振られようとしていた古泉も珍しく苦笑いを浮かべつつ、 「僕も賛成です。このままじっとしているだけでは、敵に叩かれるだけでしょうね」 俺はちらっと長門の方を見るが、相変わらずの無表情だった。とりあえず、口を開かないと言うことは 同意しているととっておくことにしよう。 俺も特に異論もないので、鶴屋さん案に同意する。 「なら決まりね! じゃあ、早速作戦を立てましょ」 そう言ってハルヒが机に広げたのは学校周辺の地図である。ただし、北高のすぐ左側を縦に黒いライン、また同じように 北高の敷地の南側に沿うようにも同じようにラインが引かれている。さっき谷口が腰を抜かした断崖絶壁を 表しているラインであり、屋上から確認したところ、北高より西側と南側はまるで何かに切り取られたように なくなっていた。よって、敵が襲ってくるなら北高よりも北西となる。 さて、こんな地理関係でどこに前線基地をつくればいいのかと考えてみる。というよりも敵がどこから襲ってくるのか 予測しなければ、前線基地の意味もないのでそっちが先決だな。 「北高の北側は住宅街です。見通しがききづらいので、民家を陰に接近されやすいでしょう。東側は森がありますが 幸い校庭に面しているため、即刻学校にとりつかれることはありません。校庭に侵入を確認した時点で 迎撃することが可能かと」 「なら北側しかないわね。でも、どこにするのがいいのかしら」 古泉の意見を取り入れつつ、ハルヒは北高の北側一帯を指でなぞる。そんな中、ちらちらとハルヒが目をやっているのは、 北山公園だ。そこそこ広範囲な森で隠れるならうってつけの場所だろう。 「そうなると、ここが最適じゃない?」 ハルヒが赤いサインペンで丸をつけたのは、北側に東西に延びるようにたてられているサンハイツと呼ばれる建物だ。 良い感じに北高をカバーする防壁のように立ち並んでいる。 「問題ないと思うよっ! ここなら建物沿いに学校へ移動してきてもすぐに発見できるんじゃないかなっ。学校からも すごく近いし、移動も簡単だと思うよっ!」 鶴屋さんが賛同するんで、俺も適当に賛同しておく。こういった頭を使うものは俺なんかよりもハルヒたちに任せておけばいい。 「ちょっとキョン! さっきから他人の意見ばっかりにハイハイしたがってないで、自分の意見を言ったら!?」 いつも人の意見を聞かないくせに、こんな時ばかり聞かないでくれ。どのみち、ハルヒや鶴屋さん以上の意見なんて 全く思いつかないんだからな。 「……まあ、いいわ。じゃあ、これで前線基地は決まりね! 次はお待ちかねのみんなの役割を発表するわよ!」 何がお待ちかねだ。一番胃が痛くなるやつじゃねえか。こいつが決めた物は大抵ろくな配分になっていないからな。 とくに俺と朝比奈さんは。 ハルヒは満面の笑みを浮かべて、懐から一枚のメモを取り出して机に広げた。 ● 総指揮官 涼宮ハルヒ(もちろん、すべての作戦を統括する一番偉い人!) ● 副指揮官 長門有希 (戦況を判断して的確に指示を出すSOS団のブレーン) ● 小隊長 古泉君 (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) ● 小隊長 鶴屋さん (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) ● 小隊長 キョン (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) 以上、これがメモかかれていたことである。総指揮官、副指揮官ときて次に小隊長かよ。階級差が飛びすぎだろ。 それになんか俺が前線で戦う人にされているし。 不満そうにしている俺に気がついたのか、ハルヒはしかめっ面で、 「何よ。 なんか不満でもあるわけ? いっとくけど、総指揮官であるあたしの命令は絶対よ! ハートマン軍曹より 厳しいからそのつもりで!」 放送禁止用語を連発するハルヒを想像してしまって吹き出しそうになるが、あわてて飲み込む。 「完全に数えた訳じゃないけど、体育館にいたのは一学年全員ぐらいはいたわ。となるとざっと数えて270人がいるわけ。 幸いみんな協力的だから、戦力として数えられるわけよ。で、そのうち5割を戦闘員として、キョンたちが指揮して、 残りは補給とか片づけとかの役割に回すわ」 続けるハルヒに少し安堵感を覚えた。さすがにSOS団VSコンピ研の対決の時のように突撃馬鹿になるつもりはないようだ。 ところでだ、メモ最後にかかれているのはいったい何だ? 「あのぅ……わたしは一体何をするんでしょうかぁ? 癒し系担当とかかかれているんですけどぉ……」 おそるおそる手を挙げて質問する朝比奈さん。メモには、 ● 癒し系担当 みくるちゃん (みんなを癒す係) とだけかかれている。確かにこれだけでは一体何をするのかさっぱりわからないな。 「それにみなさんは戦闘服なのに、なんでなんでわたしだけはナース服なんですかぁ?」 朝比奈さんの発言で思い出した。言い忘れていたが、今朝比奈さん以外の面々はみんなウッドスタイルな迷彩服を着込んでいる。 おまけに実弾入りの小銃のマガジンやら必要な物をすべて身につけ、肩には銃器を抱えていた。 これはとある教室に押し込まれていたものだったが、ハルヒ曰く、せっかくあるんだから使わないと損、と言って 男女問わず生徒たちに身につけるように指示を出した。むろん、俺たちSOS団+1も例外ではない。 おかげで全身が重くてたまらん。だが、それにすら慣れという感覚を感じてしまっている。 で、そんな中、朝比奈さんだけがナース服という状態だから、端から見るとコスプレ軍団が密談をしているようにしか見えんだろ。 「みくるちゃんは、その格好で歩いているだけでいいわ。それだけでみんな癒されるはずよ。 それに戦闘中に歩き回られても邪魔なだけだし」 ハルヒ、それは違うぞ。朝比奈さんはそんなけったいな衣装を着込まなくても十分癒しを提供してくれるんだ。 見てくれを気にしすぎるおまえには一生わからんだろうがな。 「じゃ、これで役割分担は終わり。さっそく実行に移しましょう」 「おい! これだけで終わりかよ!」 思わずハルヒに抗議の声を上げる。たとえばだ、俺が小隊長にされているが、分隊はどうするのかとか、 各装備はどうするのかとか―― 「そんなことは分隊長であるあんたが決めなさいよ。古泉くんと鶴屋さんも。あ、学校内の態勢とかはあたしと有希で決めるわ」 細かいところはやっぱり適当だな、おい。まあいいか、ハルヒにどうこういじられるよりかは、 俺が直接やった方が自由がききそうだ。やったこともない知識が頭の中にすり込まれているせいか、 どうすればいいかは大体わかるしな。 「さて……」 ハルヒは忘れ物はないかとしばらく考えていたが、 「ちょっと顔を洗ってくる」 そういって早足で部室から出て行った。いつもよりも落ち着きのない足取りからガラにもなく緊張しているのか? と、鶴屋さんと朝比奈さんもハルヒに続くように、 「あっ、あたしも行くよっ!」 「わたしも行きます~」 そう言って部室から出て行った。ただし、鶴屋さんは俺にウインクをして。どうやら気を遣ってくれたらしい。 まあ、せっかくのご厚意だ。今のうちに聞いておけることは聞いておこうか。 「おい古泉。もう頭痛も治まったから、さっきの続きを言っても良いぞ。ただしハルヒたちが戻るまでだから手短に頼む」 古泉は待ってましたといつもの解説口調で説明を始める。 「この閉鎖空間に近いような空間――わかりやすく疑似閉鎖空間と呼びましょう。これはあきらかに涼宮さんが作り出した物では ありません。現に神人も現れず、また僕の能力も使えるようになっていない。となれば、別の何者かがこの空間を作り出し、 我々をそこに押し込んだと推測できます」 「それは俺でも予想ができたな。雪山の時と一緒だろ」 「ええ、その通りです。あと、疑似閉鎖空間を作った者の目的ですが、おそらく涼宮さんを追い込んだ状況に 陥らせて彼女の能力を使った何らかのアクションが起きることを期待しているのかと」 「何を期待しているんだ?」 古泉は首を振りながら、 「残念ながらそこまでは推測できません。情報が不足しすぎていますしね。しかし、涼宮さんに強烈な負荷をかけて 彼女の精神状態を乱すことが目的なのか確実です」 「それにしては、状況が甘すぎるんじゃないか? 不親切とはいえ状況説明をしたあげく、わざわざ武器まで渡している。 おまけに学校の生徒をハルヒの言うことを聞くようにして、俺たちにも軍人並みの知識と経験もすり込んでいるしな。 いっそ、生徒全員、あるいはSOS団メンバーだけで殺し合いをするようにすれば、さすがのハルヒでも おかしくなるだろうよ。そんなのはまっぴらごめんだがね」 「それでは、涼宮ハルヒがこの状況そのものを否定する可能性がある」 そこで割り込むように口を開いたのは長門だった。そういや、体育館以来声を聞いていなかったな。 「長門さんの言うとおりです。それでは涼宮さんは疑似閉鎖空間そのものを破壊してしまうでしょうね。 彼女の能力を持ってすれば簡単な話です。それをさけるためには、一定レベルで涼宮さんがこの疑似閉鎖空間の状況、 つまりこの仕組まれた展開を受け入れなければなりません。先ほどの茶番劇も涼宮さんに対して、 今この学校内にいる全生徒が自分を信頼してくれているという暗示をかけたようなものでしょう。 涼宮さんの性格からあそこまで持ち上げられると乗ってくるでしょうし、何よりも不満があるとはいえ、 彼女にとっては今まで味わえなかった奇怪なシチュエーションです。今のところ、この状況そのものを 否定するような要素は存在しません。完全に仕組んだ者の思惑通りに進んでいると思います。今のところ、はですが」 なるほどな。確かにあいつが興奮気味なのは見てりゃわかる。しかし、それが敵と言える奴らの思惑なら 腹立たしいことこの上ない。 と、俺は学校から逃げだそうとしていた谷口――とおまけで国木田――を思い出し、 「だが、妙なこともあるぞ。確かにここにいる大半の生徒たちはハルヒに従うように人格を調整されているみたいだが、 俺たちSOS団のメンバーや鶴屋さんはどうなる? 確かに軍事知識と経験は頭の中にねじ込まれているみたいだが、 ハルヒに盲目に従うようにはなっていないぞ。谷口に至ってはハルヒが総大将になったとたん、 学校から逃走しようとしたぐらいだ」 「その通り。SOS団や涼宮さんに関わりの強い人間は、人格調整的なものまでは受けていないようですね。 しかし、これからもわかることがあります。涼宮さんに従うようにされている生徒たちは、はっきりと言ってしまえば、 捨て駒のようなものであり、使いたいときに使える道具とされている。あ、とはいっても本当にロボットのように なっているかと言えばそうではありません。9組の何人かと話をしてみましたが、性格的なものは普段のままでした。 あくまでもベースは個人の人格を踏襲しつつ、涼宮さんと関わる際にその指示に必ず従うよう 何らかの暗示のようなものをかけているのかもしれません。 本題は涼宮さんに近い人間を通じて彼女に負荷をかけるということです。 しかし、僕たちがあまりにいつもと違う言動を行えばリアリティを損ない、 涼宮さんが姿形は同じな別人であると認識しかねません。それでは負荷も半減するというものです」 つまり、普段のままの俺たちがどうこうなることで、ハルヒに衝撃を与えようとしているって訳か。 俺を殺してハルヒの反応を見るとかいっていた朝倉の仕業じゃないかと疑いたくなるぜ。 「ん? となるとハルヒ自身には何も操作が行われていないってことか? にしちゃ、武器の扱いも 手慣れているように見えたが」 「涼宮さんは文武両道、しかも何でもそつなくこなせる非常に優れた方です。そのくらいできても不思議ではありません。 あるいは、涼宮さん自身がそう望んだからかもしれませんが。どちらにしろ、今までの推測から涼宮さんの能力には 制限がかけられていないと考えられます。僕や長門さんとは違ってね」 古泉は困りましたねと言わんばかりに肩をすくめる。そういや、長門は昨日から異常を察知していたようだが…… 「古泉はともかく長門もそうなのか?」 「現在のところ、情報統合思念体にはまったくアクセスできない。また、わたしの情報操作能力も完全に封鎖され、 今ではあなたと大して変わらない」 ここぞと言うときにはどうしても長門に頼ってしまうのが悪い癖だと思っているが、 今回は頼ることすらできないと言うことか。しかし、それでも普段と同じ無表情を貫いているのは、 ただ緊張や不安という感情を持ち合わせていないためか、それとも見せないようにしているか。 以前みたいに脱出のためのヒントも期待できないだろう。どうすりゃいいんだ。 「我々からこの状況を同行できる状態ではありません。今は仕組んだ者の思惑に乗るしかないでしょう。今はね」 古泉の言うとおり、どうにかする手段どころか手がかりすらない。腹立たしいが、今はこのバカみたいな展開を 乗り切ることを考えるか。 ふと、長門がじっと俺を見たまま動かないことに気がつく。表情もそぶりもいつものままだが、 俺は何かの感情を込めたオーラのようなものがこっちに向けられていることをひしひしと感じる。 「取り返しのつかない失態。すまないと思っている」 長門は慣れない単語を口に出そうとしているためか、口調がぎこちなかった。だが、 「今のわたしにはあなたを守ることができない」 彼女の意志だけはこれ以上ないと言うほどに伝わった。 ◇◇◇◇ 『あー。テストテスト』 時刻は午前5時半。場所は校庭、俺たちは朝礼台の上でトランジスターメガホンのマイクテストを行う 総大将涼宮ハルヒに向かって、現在朝礼のように全生徒が整列して並んでいる。あと30分ほどで何かが始まるということだ。 ちなみに、並び順はハルヒから向かって右側に戦闘部隊――つまり俺や古泉、鶴屋さんがいる。生徒たちはハルヒだけじゃなく、 どうやらSOS団に深い関わりを持つ人間の言うことには素直に従うように調整されているらしい。さくさくと 1-5組を中心に30人をかき集めて小隊の編成をくみ上げて、こうやって整列している。なんだかんだで谷口と国木田も 俺の小隊に入った。他の二人も同様に編成を終えている。細かい編成内容を説明するのは勘弁してくれ。 無理やり詰め込まれた知識を披露するようなもんで、大変腹立たしいからノーコメントとさせてもらうぞ。 向かって左側にはそれ以外の生徒だ。長門はこっちのグループに入っている。で、なぜか朝比奈さんだけはハルヒのいる 朝礼台の上と来たもんだ。衆目の目前に景気づけにとんでもないことをやらされそうになったら一目散に飛び出すつもりである。 『えー、皆さん!』 準備が整ったのか、ハルヒがトランジスターメガホン片手にしゃべり始めた。 『はっきり言ってなんかよくわかんない状況だけど、あたしについてくれば大丈夫! どっどーんとついてきなさぁい!』 あまりの言いように俺は肩を落としてしまった。もう少し言うことがあるだろうに。誰も見捨てないとか、 みんなで乗り越えようとか。ハルヒらしいといえばそれまでなんだが。 『んで、とりあえず作戦なんだけど、北高の北側に前線基地を作ります。そこの担当は鶴屋さんね! よろしく!」 突然の指名に一瞬きょとんとする鶴屋さんだったが、やがていつもの笑顔に戻り、 「へっ? あたし? りょーかいっ!」 おい、そんなことは初めて聞かされたぞ。前もって言っておけよな。そして、鶴屋さん。それを少しも動じずに 受け入れられるあなたは大物すぎます。 『他の人たちは適当に学校周辺を見張って。特に校庭側に注意すること! 今のところは以上!』 適当すぎる。今からでも遅くない。とっつかまえて再考させるべきではないだろうか。 「すがすがしいほどに簡潔でわかりやすいじゃないですか」 相変わらずのイエスマンぶりを発揮する古泉。もはやつっこみも反論する気にもならん。 『じゃあ、最後に癒し担当のみくるちゃんに、激励の言葉をお願いするわ!』 そう言ってトランジスターメガホンを手渡された朝比奈さんはただおろおろするばかり。 しばらく、ハルヒと言葉を交わしていたが、結局いつものように観念したのか、朝礼台の前に立った。 『ええーと、あのーですね……』 「みくるちゃん! そんな覇気のない声じゃ激励になんないでしょ!」 メガホンなしでもハルヒの声が聞こえてきた。朝比奈さんが不憫すぎる。今すぐにでも助けに行くべきか? しかし、俺が考えている間に朝比奈さんは決意したようで、 『みっみなさーん! がんばってくださーい! 一緒にかえりまひょー!』 その声に全生徒が一斉に腕を上げておー!と答える。ちなみに、男子生徒はやたらと張り切って手を挙げているのに対して、 女子生徒はいまいちやる気なく手を挙げているのは俺の偏見にすぎないのだろうか? ハルヒはとっとと役割を終えた朝比奈さんからトランジスターメガホンを奪い取り、 『よーし! じゃあ、張り切って作戦開始!』 黄色い叫び声が飛んだと当時に、並んでいた生徒たちの整列が解け、それぞれの持ち場に移動を開始した。 やれやれ、これからが本当の地獄だろうな。 と、俺の小隊の連中がぞろぞろと周囲に集まり始めていた。どうやら、俺の指示を待っているらしい。 そんなとき、学校から出て行こうとする鶴屋さんの姿が目に入る。俺は彼女の元に駆け寄り、 「すいません鶴屋さん、ハルヒの奴が勝手なことばかり言って。本来なら俺か古泉が行くべきなんでしょうけど」 「んー? いいよっ、別にさっ! 言い出しっぺはあたしだからちょうどいいよっ!」 変わらずハイテンションだな。ハルヒといい勝負かもしれん。 「じゃっ、あたしは行くよっ! みくるによろしくって言っておいてっ! じゃあ、またねーっ!」 まくし立てるように言ってから鶴屋さんは学校から小隊を引き連れて出て行った。無事を祈ります、鶴屋さん。 「キョンくーん!」 続いて一歩遅れて俺の元にやって来たのは朝比奈さんだ。ああ、そんな息を切らせて走ってこなくても。 呼んでくだされば、たとえ地球の裏からでも馳せ参じますから。 朝比奈さんは呼吸を整えるようにいったんふーっと息を吐き出すと、 「つ、鶴屋さんはもう言っちゃいましたか?」 「ええ、たった今。朝比奈さんによろしくって言っていましたよ」 何か伝えたいことでもあったのだろうか。残念そうな表情を見せる朝比奈さんだった。 「しかし、すごい人ですね。こんな状況だってのに全くいつものペースを乱していないんですから。 俺もあの度胸を少しだけ譲ってほしいかも」 「そんなことないです!」 俺の言葉を即刻否定されてしまった。見れば、普段とは違ったまじめな顔をした朝比奈さんがいる。 「そんなことはありません。鶴屋さんはこの事態を深刻に受け止めているんです。だって……」 朝比奈さんは強調するようにワンテンポをいてから、 「だって、鶴屋さん、ここに来てから一度も笑っていないんです。いつもは少しでも楽しいことがあればすぐに……」 言われてからはっと気がついたね。確かに口調とハイテンションぶりは変わっていなかったが、 一度も笑っていない。いつもあんなに心底楽しそうに笑う人なのに。 「すみません。俺がうかつでした。そうですよね、あの人なりにやっぱり考えることも当然あるでしょうし」 「いいいいえ、別にキョンくんを責めた訳じゃないんですよっ。ただ、鶴屋さんも真剣になっていると わかってほしかっただけなんです」 「それはもう、心の底から理解していますよ」 とまあ、なんだかんだで良い感じになっていた俺たちな訳だが、それをぶちこわす奴が登場だ。 「あ、朝比奈さん! どうも! 谷口でっす!」 おーおー、鼻の下をのばしきった下心丸出しのアホが登場だ。せっかく良い感じだったってのに。 「谷口さんですね。覚えています。映画撮影と文化祭の時はどうも」 丁寧にお辞儀をする朝比奈さんだが、そんな奴にかしこまる必要はありませんよ。顔にスケベと書かれているし。 そこで谷口は突然襟を正し始め、少し不安げな表情になる。そして、ねらい澄ましたような口調で、 「朝比奈さん。実は俺、怖くてたまらないんです。こんな世界に押し込まれてこの先どうなるかもわからない。 だから、せめてあなたの胸で抱擁させていただければ、この不安も少しは解消されて――ぶっ!」 「小隊長命令だ。とっとと朝比奈さんから離れろ」 堂々とセクハラしますよ宣言をしやがった谷口の襟をつかんで、俺のエンジェルから引きはがす。 一瞬息が詰まったのか、谷口は咳き込みながら、 「キョン! なにしやがる!?」 「うるせえ。小隊長命令が聞けないなら、キルゴア中佐命令まで格上げしてサーフィンさせるぞ。当然銃弾が飛び交う中でだ」 「職権乱用だ! 大体、サーフィンってどこでやるんだよ!」 なんてしつこく抗議の声を上げているが完全無視だ。幸い国木田が仲裁に入って、アホをなだめているので、 「ささ、朝比奈さん、ここには野獣がいますから戻った方が良いです」 「あ、はい……」 そう言って彼女は内股走りで去っていった。やれやれ、下劣な侵略を阻止したってことで俺の任務は終了にしてくれんかね。 谷口はまだ何か言って見るみたいだが、完全に無視。で、次にやることはっと…… 「……何をすれば良いんだ?」 俺はハルヒが引っ張り回している120mm迫撃砲を見ながら考え込んでしまった。 ◇◇◇◇ とりあえず、俺は東側からの襲撃に備えて校庭を警備していた。むろん、自分の小隊を引き連れて。 現在午前7時半――日数の期限があるからこういった方が良いか。1日目午前7時半である。 今のところ、全く異常はない。無事にサンハイツに陣を張った鶴屋さんの方にもそれらしいものはないらしい。 と、通信機を持たせているクラスメイトの阪中が、 「涼宮さんから連絡なのね」 そう言って無線機を差し出してきた。すぐ近くにいるのに、わざわざ無線で連絡しなくても。 俺はそれを受け取って――とハルヒと話すのは一時停止だ。 「阪中、すまないがこないだの球技大会の話なんだが……」 「……球技大会?」 何のことかわからないと首をかしげる阪中。覚えていないのか。いや、それともこの阪中は そんな記憶すら存在していないのか。ま、どっちでもいいか。 「いや、何でもない」 そう言って無線機を取る。 『あーあーあー、キョン聞こえる?』 「なんだハルヒ。こっちは特に異常はないぞ」 『オーケーオーケー。平穏無事が一番だわ。前線基地構築に敵もびびったのかしらね! このまま、何もしてこなければ良いんだけど』 相変わらずのポジティブ思考だ。そうなってくれることに越したことはないが。 だが、これを仕掛けた奴もそんなに甘くはない。突然、どこからともなくパーンパーンと 乾いた発砲音が耳に飛び込んできた。やがて、すさまじい連続発射音が鳴り響き始める。 「おい、キョン! なんだなんだ!」 至極冷静な小隊の中で、さっそくあわて始めたのは谷口だ。これが普通の反応なんだろうけどな。 「ハルヒ! 何が起こっている!?」 『鶴屋さんの方に攻撃があったのよ! 今わかっているのはそれだけ! 詳しくわかったらまた連絡するから、 そっちも警戒を怠らないで! オーバー!』 そこで無線終了。ちっ、早速戦闘かよ。鶴屋さんは無事なんだろうか? 俺は校庭の東側に対して警戒を強めるように支持をする。ほとんどの生徒は素直に従うが、 谷口だけはびびっておろおろするばかり。M60なんてデカ物を構えているのは、恐怖心の裏返しなのかもな。 激しい銃声音が響いたのは5分程度だろうか。やがて、それも収まり、辺り一帯に静寂が訪れる。 結局、学校東側からの攻撃もなかったな。 また、阪中が俺に無線機を差し出してきた。ハルヒからの連絡らしい。 『鶴屋さんの方は終わったみたいよ。けが人もなくあっさり撃退したんだって! さっすが、鶴屋さんよね。 SOS団名誉顧問なだけあるわ!』 SOS団は関係ないだろうが、あの人ならこのくらいは平然とやってのけそうだ。 『で、そのまま北山公園の方に逃げていったんだってさ。大体、20人ぐらいが襲ってきたらしいけど』 「20人? なら攻撃してきたのは人間なのか?」 『うーん、それがいまいちはっきりしないのよね。鶴屋さん曰く、人の形を何かが銃やらロケット砲やら抱えてきて 襲ってきたんだってさ。形は人間らしいけど、全身真っ黒でまるでシェルエットみたいな連中らしいわよ。 何人か倒したらしいけど、銃弾が命中すると昔のゲームみたいに飛び散ってなくなっちゃんだって』 なるほどね。ゲームだと思っていたが、本当にゲームの敵みたいな奴が襲ってくるのか。 じゃあ、俺が撃たれても大して痛くないのかもしれないな。それは助かる。 「これからどうするんだ?」 『ん、とりあえず、現状維持で。このまま、3日間学校を守りきるわよ!』 そこで通信終了。すぐさま、阪中に鶴屋さんに連絡を取るように指示する。 『やっほーっ! キョンくん、なんか用かいっ?』 いつもと同じ調子なお陰でほっとするよ。 「鶴屋さん、なんか大変だったみたいだけど大丈夫ですか?」 『へーきへーき! もうみんなそろってぴんぴんしているよっ!』 「そうですか……それはよかった――」 と、そこで鶴屋さんの声のトーンが少し変わるのに気がついた。いや、しゃべってはいないんだが、 息づかいというかなんというか…… 『んーと、おろろっ? なんだあれ――』 いやな予感が走る。なんだ…… 『――伏せてっ!』 無線機から飛び出したのは、今まで聞いたことのないような鶴屋さんの声だった。 恐ろしく緊迫し、驚いているのが表情を見なくても簡単にわかる。 次の瞬間、北高校舎の西側3階で大爆発が起こった。衝撃と音で全身がふるえ、鼓膜が破れるぐらいに 圧迫される。 「みんな伏せろ! とっとと伏せるんだ!」 俺は小隊の仲間をすべて地面に伏せさせた。とはいっても、見通しがよく物陰のない校庭では どのくらい効果があるのかわからないが、呆然と立っているよりも安全なはずだ。 そんな中、阪中は愚直に俺のそばにつき、無線で連絡が取れるような状態にしていた。 本来の彼女ではないのだろうが、こう忠実なのは今ではかえってありがたい。 「鶴屋さん! 何が起きているんですか!?』 『北高に向けて何かが飛んでいっているっさ! まだまだそっちに行くよ! ハルにゃんと連絡を取りたいから、 いったん通信終了っ!』 無線が終了して、阪中に無線機を返す。冗談じゃねえ、敵はミサイルかロケット弾か何かを 北高に向けて撃ってきているってのか!? 反則だろ! 反撃のしようがねえじゃねえか! さらに続けざまに2発が校舎側に直撃し、さらに一発が俺たちの目前に広がる校庭の東側に落ちた。 轟音で地面全体が振動している。 そんな中、器用に匍匐前進で谷口が近づいてきて、 「おいキョン! このまま、ここにいたらやべえぞ!」 「言われんでもわかっているさ!」 やばいのは重々承知だ。しかし、校舎側にも激しい攻撃――また3発が校舎に直撃した――が加えられている。 あっちに逃げても状況が変わらない上、人口密度が増えてかえって危険だ。なら、いっそのこと、 北高敷地外に出るか? いや、あわてふためいて逃げ出したところを敵に襲撃されたらひとたまりもない。 案外、学校周辺に敵が潜んでいて、俺たちが北高から飛び出すのを待っているかもな。校庭に塹壕でも 掘っておくんだったぜ。 どうするべきかつらつら考えていていたが、ふと気がつく。さっきの校舎に直撃した3発以降、 北高に何も攻撃が加えられていない。収まったのか? 俺は全員に伏せるように指示し――ついでに東側から敵が襲ってきたら遠慮なく撃てとも―― 俺自身は校舎に小走りに向かった。 ◇◇◇◇ 学校は凄惨な状況だった。学校の外壁には穴が開き、衝撃で校舎の窓ガラスがかなり割れてしまっている。 負傷者も出たようで、担がれて運ばれていく生徒もちらほらと見かけた。 と、状況確認のためか走り回っていたハルヒが俺に気がつき、 「キョン! よかった無事だったんだ!」 「ああ、おかげさまでな。俺の部隊も全員無事だ。負傷者もない。しかし、こっちは手ひどくやられたな」 「うん……。幸い、重傷者はでていないけど、窓ガラスの破片で数人が怪我をしたわ。今、みくるちゃんが手当してる」 朝比奈さんが看病? 当然膝枕の上だろうな? なんだか無性に負傷してきたくなったぞ。 「なに鼻の下のばしているのよ、このスケベ」 じと目で下心を見破るハルヒ。こういうことだけはほんとに鋭い奴だ。 「で、これからどうするんだ? このままだと、またさっきの奴が飛んでくるぞ」 「わかっているわよそんなこと」 ハルヒはあごの手を当て考え始めた。と、すぐそばを負傷した生徒が抱えられていった。 顔面に傷を負ったのか、激しい出血が迷彩服に垂れかかり、別の色に染め上げつつあった。 「状況は一変したわ。作戦の練り直しが必要だと思う」 ハルヒが取った行動は、SOS団メンバーを集めてミーティングを開くことだった。 さすがのこいつでも一人では決めかねるらしい。独断で何でも決められるのよりは何十倍もマシだが。 のんきに部室に戻るわけにも行かず、昇降口前での緊急会議だ。 ただし、鶴屋さんだけは前線基地から動けないので、無線越しである。 さらに朝比奈さんは負傷者の救護で手一杯らしく不参加。手当を求める『男子生徒』の長蛇の列を捌いているとのこと。 絶対に負傷していない奴も混じっているだろ、それは。 「最初に前線基地が攻撃されたかと思えば、今度は遠距離からの攻撃ですか。敵もいろいろと考えているようですね」 感心するように古泉はうなずいているが、そんな場合じゃないだろ。 さっきは十発程度で終わってくれたが、次はこれ以上かもしれない。校舎の被害は大きいが、 本当に幸いだったのは、砲弾やらなんやらが置かれているところに直撃しなかったことだ。 万一、誘爆なんていう事態になれば、どれだけの犠牲者が出たかわからん。 さすがのハルヒもまいってしまっているのか、いつものような覇気が50%カット状態だ。 真剣に考えてくれるのはありがたいけどな。 「このままじゃまずいわね。何とか反攻作戦を練らないとね。 有希、さっきのミサイルみたいな奴がどこから撃たれたか、わかった?」 「この建物の北東に位置している北山公園の南部。屋上で周辺を監視していた人間から確認した。 ただし、具体的な場所までは不明。範囲が広いため、砲撃による反撃を行っても効果は薄い。 かりに砲撃で向こうと撃ち合っても勝てる可能性はきわめて低い」 的確な答えを出す長門だ。宇宙人パワーを失っても、長門本人の能力は失われていないらしい。頼りになるぜ。 「なるほどね。鶴屋さん、さっきそっちを襲った連中も北山公園に逃げ込んだのよね?」 『そうにょろよっ! でも、公園の北側に逃げていったように見えたっさ!』 ん? 鶴屋さんの言うことが本当なら、前線基地を襲った連中が学校へロケット弾やらミサイルでの 攻撃をした訳じゃないってことか? 「でも、簡単よ! 敵は北山公園にあり! だったら、こっちから出向いて北山公園全部を制圧すればいいだけのことよ! そうすれば、さっきの奴もなくなるしね!」 ここに来て突撃バカぶりを発揮するハルヒと来たか。しかし、間違ってはいないな。 どのみち発射地点を制圧するなり、さっきの攻撃手段をつぶすなりしないかぎり、一方的に攻撃を受け続けるだけになる。 「罠の可能性もありますね」 唐突にそう指摘したのは古泉だ。 「鶴屋さん部隊への攻撃は非常に小規模のものでした。そして、あっさりと撤退しています。 その次に北高へのロケット弾攻撃ですが、これも十発程度で終わっています。 本気で攻撃するのならば、もっと大量に撃ち込んでくるでしょう。あきらかに北山公園に我々を呼び込もうとしています」 「最初の襲撃に関してはそうかもしれないが、ロケット弾攻撃に関しては弾が尽きただけかもしれないぞ」 俺がそう反論する。ハルヒもうーんと同意のそぶりを見せた。ただ、古泉は、 「確かにその可能性はゼロではありません。しかし、これだけ有効な攻撃手段であるものを 序盤で使い切ってしまうのは、明らかに不自然と言えます。切り札を使い切ってしまったのですから。 無論、あれ以上の効果的な攻撃手段を保有していて、今回のロケット弾攻撃は挨拶程度のものという可能性もありますが」 どっちなんだ。はっきりと答えろよな。 「僕が言いたいのは、誘い込むための罠という可能性があるということです。北山公園に攻め込むことを決定する前に、 考慮していても損をすることはありません」 確かに古泉の指摘する可能性は十分にある。しかし、ここにいてもどうにもならんのも確かだ。 そうなると、ハルヒが導き出す結論は一つしかない。 「確かに古泉くんのいうことには一理あるわ。でも、このままだと攻撃を受け続けるだけだし、 そんなのおもしろくないじゃない。相手がびびっているのか知らないけど、遠く離れたところからこそこそ攻撃してくるなら、 こっちからぶっつぶしに行くだけよ!」 ほらな。ハルヒの性格を考えれば、じっとしているわけがない。古泉もひょうひょうといつものスマイルで、 「涼宮さんがそう決定なさるのなら、僕もそれに従いますよ。上官の命令は絶対ですから」 そうイエスマンへと転じた。ただ、こいつの指摘も無駄ではなかったらしい。 「でも、少しでも罠っぽい状況だとわかったら、即座に撤退するわ。その後は別の方法を考えましょ」 ◇◇◇◇ 次の議題は北山公園攻略作戦だ。この公園は南北に2キロ程度広がる森林のようなものになっていて、 南北の中間地点のやや南側には緑化植物園があり、公園入口っぽくなっている。 「やはり、突入ポイントはこの植物園でしょう。部隊の輸送には北高敷地内にあるトラックを使うことになるので、 車両で入れる場所が理想的です。当然、敵も同じことを考えているでしょうから、植物園奪取には激戦が予想されますね」 淡々と古泉のプランを聞いているSOS団-朝比奈さん+鶴屋さん。わざわざ敵が陣取っているような場所に 正面からつっこむのか。ハルヒが好みそうな作戦だな。 「悪くないわね。植物園を取ってしまえばこっちのもんだわ! あとはロケット弾の発射拠点を制圧して完了ってわけね! さっすが古泉くん! 副団長なだけあるわ!」 ハルヒの賞賛を一心に浴びて、古泉は光栄ですと答える。やれやれ、本当に突撃になりそうだ。 「で、誰の小隊が北山公園での掃討作戦に従事するんだ?」 「あんたと鶴屋さんよ」 とんでもないことをいけしゃあしゃあと言いやがる。古泉の野郎はどうするんだよ? 「古泉くんはいざって時のために前線基地で後方待機してもらうわ。あんたたちがやばくなったら、 すぐに駆けつけられるようにね。あと、伏兵とかが学校に奇襲を仕掛けてきた場合はすぐに戻ってもらうから」 どうしてそうなったのか聞かせてもらおうか。 「わかんないの? まず、あんたには鶴屋さんたちを襲った連中を追撃するために北山公園北部に向かってもらうわよ。 初めて遭遇した鶴屋さんがあっさりと追い払ったんだから、あんたでも大丈夫でしょ。鶴屋さんは一度だけとはいえ、 敵と戦っているわ。敵について知っているのと知らないんじゃ大違いよ。だから、南部のロケット弾発射地点に 向かってもらうわ。おそらくそこの守りが一番堅いと思うし。学校からトラックで向かうから、 途中で古泉くんと入れ替わってもらうわね。いい、鶴屋さん?」 『りょーかいりょーかいっ! 任せちゃってほしいなっ!』 「古泉くんはあんたよりも運動神経も思考能力も遙かに上よ。状況に応じて臨機応変に対応する必要のある場所にいるのが 最適だわ。あと、有希は学校に残って砲撃での支援をお願い。こっちから指示した地点に遠慮なく撃ち込んで。 古泉くん、有希、いいわね?」 「もちろん異存はありません」 「問題ない」 あっさりと同意する二人だが、ん、ちょっとまて。 「それなら植物園には誰が陣取るんだよ。まさか、空っぽにするつもりじゃないだろうな?」 「そこにはあたし自らが行くわ。あとで、適当な人員を集めるから」 ハルヒ総大将自らがお出ましか。だが、指揮官がそんな銃弾が飛び交う場所にいて良いわけがない。 「あのなハルヒ。以前にも言ったが、総大将がずけずけと前線に出るモンじゃないぞ。 おまえがやられちまったら、生徒たちを誰が――」 「異論は許さないわよ」 俺の声を遮ったハルヒの言葉は、今まで聞いたことのないような鋭さだった。ただ、怒りやいらだちからくるものではない。 強烈な決意がにじみ出るようなものだ。わかったよ。おまえがそういいなら好きにしろ。 しかし、俺の中にあるこのもやもや感は何だ? ◇◇◇◇ さて、作戦も決まったことなのでいよいよ決行だ。ハルヒ小隊の編成が終わり次第、出撃と言うことになる。 俺たちは校門に並べられた輸送トラックの前でそれを待っている。 「正直に言ってしまえば、少々不安ですね」 突然、こんなことを言い出したのは古泉だ。おいおい、出撃直前に不安になるようなことを言い出すなよ。 「涼宮さんがあなたが敵と確実に一戦交えるような場所に送り込むとは思っていませんでした。 てっきり学校に残して後方支援をさせたり、最悪でも僕のポジションが与えられるものだと。 涼宮さんと一緒に植物園にいるならまだ納得ができますが、あなた一人をそんな場所に行かせるとはね」 「はっきりと言え。時間もないことだしな」 「涼宮さんが現状をきちんと認識しているかどうか、ひょっとしたらあのコンピュータ研とのゲーム勝負程度として 考えているのではないか、そう思っているんですよ。あなたを危険な場所に向かうように指示したと言うことは、 あなたが死んでしまうかもしれないということを考えていない証拠です。信頼といってしまえば、それまででしょうけど、 今はそんな状況ではありません。鶴屋さんが敵を撃ったときに、まるでゲームキャラクターが消えるかのようになったと 言っていましたね。あれで僕たちもそうなのかもしれないと思いましたが、先ほどのロケット弾攻撃で 負傷した生徒を見るとどうも違うようです。確実に僕たちに『死』が訪れるかもしれません」 「確かにな。そんなに甘くないことは、俺も理解しているつもりだ」 ハルヒが今の状況をどう考えているのか。それはハルヒ自身にしかわからないことだろう。 だが、一つだけ言えることはある。 「俺がいえるのは、どんな状況であろうともハルヒは、誰かが死ぬことなんて望んでいない。 SOS団のメンバーならなおさらさ。万一、誰かが傷けられたら、ハルヒはやった奴をたこ殴りにするだろうよ」 「それはわかります。しかし――」 俺は古泉の反論を遮って、 「さっきのおまえの言い方だと、まるでハルヒは鶴屋さんならどうなっても良いってことになっちまう。 だが、断言できるがハルヒはそんなことなんて思ってもいないだろうよ。古泉も別にかばいたくて、 一歩下がった場所に配置したんじゃない。ただそれが適切だと考えたのさ」 ――俺はいったん話を区切って、話すことを整理する―― 「ハルヒはハルヒなりに考えたんだろ。どうすれば、このくそったれな状況を乗り切られるかを。 で、結論は戦い抜いて乗り切る。そのためには、一番信頼のできるSOS団の人間をフル活用する。 どうでもいいとか、たいしたことじゃないとなんて理由で俺たちを前線に持って行こうとしているんじゃない。 それが乗り切るためにはもっとも適切だと判断したんだろうな」 ガラにもなく古泉調の演説をしちまったが、古泉は痛く感銘したのかぱちぱちと手を叩きながら、 「すばらしいです。そこまで涼宮さんの思考をトレースできるなんて。どうです? これからは 機関への報告書作成をしてみませんか? 僕よりも適切なものが書けると思いますよ」 「全身全霊を持って断る」 そんな疲れるものなんてこっちから願い下げだ。 「おっまたせ~!」 と、ここで30人ばかしを引き連れたハルヒ総大将が登場――と思ったら、いつもつけている腕章が『中佐』になっている。 いきなり降格かよ。 「バカね! 前線に出るんだからそれなりに適切な階級があるってモンでしょ。大将とかってなんだかデスクの上に ふんぞり返って命令しているようなイメージがあるし。中佐なら、映画とかなんかでも前線でドンパチやっているじゃん」 ……まあ、それは別にかまわんけどな。 ハルヒが編成した連中はみんなクラスもバラバラ性別もバラバラだった。 大方、その辺りを歩いていた奴を捕まえてきたんだろう。にしては、結構時間を食っていたみたいだが。 「あー、ラジカセと音楽を探していたのよ。景気づけにワルキューレの騎行でも流しながらつっこめば、 敵も混乱するんじゃないかって。でも、ラジカセはあったんだけど、肝心の音楽の方がね」 ヘリで突入する訳じゃないんだから、別に必要ないだろ。心理作戦が通じるような相手でもなさそうだし。 ふと、気がつくと朝比奈さんと長門も校門前にやってきていた。おお、朝比奈さんに見送っていただけるとは光栄ですよ。 「古泉くん……どうか気をつけてね」 朝比奈さんのありがたいお言葉に古泉はいつものスマイルだけ返していた。まったく価値のわからない奴である。 「キョンくんも気をつけてね。無事に帰ってきてくださいね」 「ええ、がんばってきます」 と、そこに長門が割り込むように、俺をじっと見つめ始める。表情は相変わらずだったが、漂うオーラみたいなものは はっきりと感じ取れた。 「心配すんな、長門。なるようになるさ。支援よろしくな」 長門は俺の言葉にこくりとうなずく。やっぱり、親玉とのつながりをたたれて不安になっているのだろうか。 ややいつもと違う雰囲気を醸し出している。 「こらキョン!」 せっかくこれから戦地に向かう兵士が見送りをさせられる気分を味わっていたのに、それをぶっ壊したのはハルヒだ。 「なにやってんのよ! まさか、有希やみくるちゃんに『帰ってきたら~』とか言ったんじゃないでしょうね! それはばりばり死亡フラグなのよ! いい? あんたはあたしの下でビシバシ働いてもらうんだからね! 勝手に死んだりしたら絶対に許さないんだから!」 言っていることがよくわからん。もっとわかりやすく説明してくれ。 「要約すると、とっととトラックに乗りなさい! 出撃するわよ!」 やれやれ、なんてわがままな中佐殿だ。 まあ、出征前モードはここで終了だ。俺は大型トラックに自分の小隊を乗せるように指示し、 俺もそれに飛び乗る。いよいよか。しかし、ちっとも緊張しない上に、慣れた感覚に頭が満たされるのは、 相当俺の頭の中をいじくられていることの証拠だろう。当然、戦地に向かうってのに、 まるで何も反応を示さない俺の小隊もだ。おびえた表情を浮かべる谷口をのぞいてだけどな。 「よーし、出撃! 一気に北山公園に突入するわよ!」 ハルヒの威勢の良い声とともに、北山公園に向けトラックが発進した―― ◇◇◇◇ この時、俺はハルヒは状況を理解していて、これからどんなことが起きるのかもわかっていると思っていた。 だが、それは間違い――いや、正確にはハルヒは理解していたのかもしれない。間違っていたのは、 俺自身の認識だったんだ。ハルヒがどう思っているか勘ぐる資格なんてないほどにな。 ~~その2へ~~
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涼宮ハルヒの退屈 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成16年(2004年)1月1日 本編298ページ 表紙絵:長門有希 タイトル色:黄色 初出涼宮ハルヒの退屈(ザ・スニーカー2003年6月号)、笹の葉ラプソディ(ザ・スニーカー2003年8月号)、 ミステリックサイン(ザ・スニーカー2003年10月号)、孤島症候群(書き下ろし) 初出順:涼宮ハルヒの退屈(第1話)、笹の葉ラプソディ(第3話)、ミステリックサイン(第4話)、孤島症候群(第7話) 裏表紙のあらすじ紹介 ハルヒと出会ってから俺は、すっかり忘れたと言葉だが、あいつの辞書にはいまだに"退屈”という文字が光り輝いているようだ。その証拠に俺たちSOS団はハルヒの号令のもと、草野球チームを結成し、七夕祭りに一喜一憂、失踪者の捜索に熱中したかと思えば、わざわざ孤島に出向いて殺人事件に巻き込まれてみたりして。まったく、どれだけ暴れればあいつの気が済むのか想像したくもないね……。非日常系学園ストーリー、天下御免の第3巻!! 目次 プロローグ・・・Page5 涼宮ハルヒの退屈・・・Page7 笹の葉ラプソディ・・・Page74 ミステリックサイン・・・Page133 孤島症候群・・・Page182 あとがき・・・Page304 アニメ テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』より 2006年放送第4話『涼宮ハルヒの退屈』(2009年放送では第7話) 2006年放送第6話『孤島症候群・前編』(2009年放送では第10話) 2006年放送第7話『ミステリックサイン』(2009年放送では第9話) 2006年放送第8話『孤島症候群・後編』(2009年放送では第11話) 2009年改めて放送した『涼宮ハルヒの憂鬱』より 2009年放送8話『笹の葉ラプソディ』 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第3巻に収録第10話『涼宮ハルヒの退屈 I』 第11話『涼宮ハルヒの退屈 II』 第13話『笹の葉ラプソディ I』 第14話『笹の葉ラプソディ II』 コミックス第4巻に収録第15話『ミステリックサイン I』 第16話『ミステリックサイン II』 第17話『ミステリックサインおかわり』(オリジナルだが、原作で示唆アリ) 第18話『孤島症候群 I』 第19話『孤島症候群 II』 ぷよ版 涼宮ハルヒちゃんの憂鬱コミックス第2巻に収録 笹の葉ラプソディのパロディ少年エース連載第12回、2008年8月号(7月7日-対策-やる気-願い-失念-ミッション-再利用-笹の葉ラプソディ(非4コマ)-変態-不法侵入-地上絵-寝起き-おつかい-パジャマ-解読-ニアミス) みずのまこと版 コミックス未収録 ※保有している方加筆お願いします。 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん 朝比奈さん(大) コンピュータ研究部部長 喜緑江美里 谷口 国木田 キョンの妹 森園生 新川 多丸圭一 多丸裕 あらすじ 後に繋がる伏線 刊行順 ←第2巻『涼宮ハルヒの溜息』↑第3巻『涼宮ハルヒの退屈(原作)』↑第4巻『涼宮ハルヒの消失』→
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「…ルヒ…ハ…」 …… 「ハルヒ!!」 …… 俺は、気がつくと自分の部屋のベッドにいた。 「一体これはどういうことだ…?」 冷静に辺りを見渡してみる。確かにここは俺の部屋だ。 はて、部屋とか以前に俺の家は地震によって倒壊したはずなのだが。 …… 着ている服も確認してみる…どうやらこれは私服ではなく寝間着らしい。 携帯も確認してみた。何々、今日は11月29日、時刻は午前7時10分。 「…夢?あれは全部夢…?」 …よくよく考えてりゃ、おかしなことだらけだった気はする。 冬にもかかわらずの酷暑、大地震、暗黒、そして大寒波…まるで世界の終わりを告げるかのごとき夢。 ここまで支離滅裂では、さすがに夢だと考えたほうが合理的なのは誰もが納得するところだろう。 何より、人が死にすぎて… …… …死? 「妹…妹は…?!」 俺は思い出してしまった。全身から血を流し、倒れている妹の姿を…! そして、ついに帰らぬ人となってしまったことを。 考えるよりも先に体が動いていた。気付くと、俺は自分の部屋を出て廊下へと立っていた。 目的はもちろん…妹の安否の確認である。 「あ、キョン君だ!」 ふと、後ろから声をかけられた。 「今日は私が起こしに来なくても自分から起きたんだね!偉い偉い!」 …妹である。確かに妹である。 「お前…生きてたんだな…。」 「?キョン君何言ってるの?」 「ああ、すまんすまん、なんでもないぜ。」 「?とりあえず私は先行ってるね。お母さんがもう朝ごはんできたって言ってたよ!」 階段を下りてリビングへと走っていく妹。ったく、家の中で走るなっての。転ぶぞ。 …… 「よかった…本当によかった。」 妹の話しぶりからして、どうやら親父もオフクロも健在のようである。 …… 当たり前のようで気付かなかったが、家族がいるということがどれほど幸福なことなのか… 今更ながらそれを実感する。真に大切なものは無くして初めて気づくとは…まさにこのことか。 俺は部屋へと戻った。とりあえず、学校へ行くための準備をするためだ。 「しまった…宿題やってくんの忘れた。」 さすが、俺である。いつもいつも期待を裏切らない。 …… 今から忌まわしき【それ】をやり遂げようと、一瞬考えた俺であったが… どうやら時間的にそれは不可能のようである。 「学校行ってハルヒか国木田に見させてもらう他ないな…。」 頼るべきは友である。あ、いや、前者が果たして言葉通りの友なのかどうかは承服しかねるが… しかも冷静に考えてみれば、ハルヒが俺に宿題を見せてくれるなど、とてもではないがありそうにない。 おそらく、『あたしに頼るくらいなら自分でやれ!』の一蹴りでこの会話は終了だろう。 「…そういやハルヒ、随分と消沈してたな…。」 再び夢のことを思い出す俺。おかしなことと言えば、 ハルヒの様子も十二分にそれに該当するものであったからだ。 …俺は回想していた。ハルヒによって、閉鎖空間に呼ばれたあのときを。 ハルヒは新世界を構築する際に俺を閉鎖空間に呼び出した。なぜ俺が呼ばれたのかは古泉曰く、 『あなたが涼宮さんに選ばれた人だからです。』だそうだが。そこで俺が…まあ、あまり 思い出したくはないが…。とにかく、結果的に世界は元に戻り、事なきを得たわけだ。 まさか、今回俺が見たあの夢も、実はハルヒの能力に関したものだったのだろうか…? もしそうであるなら、夢の中でのハルヒの様子がおかしかった理由も説明がつくが…。 しかし、それではどうも俺には腑に落ちない点が多い。仮に、あれがハルヒによって 引き起こされたものだとしよう。ならば、あの世界はまず閉鎖空間のはずである。ご存じの通り、 この空間には本来古泉のような超能力者しか出入りができないはずだが、あの夢の中で 確かに俺は見たのである…この現実世界とほぼ差し支えのない、いや、現実世界そのものと言っても 過言ではないくらいの数の人間を。デパートで買い物をする客、地震で死んでいった住民、 校舎の瓦礫の下敷きとなって死んでいった生徒たち等…。 確かに、超能力者と全く関係のない第三者が閉鎖空間に呼びだされるという稀なケースもあるにはある。 俺が世界改変時ハルヒによって閉鎖空間に呼ばれたあのときのように。しかし、あれはあくまでハルヒに 呼ばれたがゆえの結果。閉鎖空間に一般人が呼び出される場合、まずハルヒ本人がそれを願ったかどうか、 それが最も重要なのである。 しかし、今回の夢に出てきた多くの一般人をハルヒ自ら願って呼び出したとは…俺にはとても思えない。 なぜか? ハルヒが人を死ぬことを望むはずないからだ。 承知の通り、あの夢の中では多くの人が命を落とした。 あの世界で起こる事象は無意識ながらもハルヒの深層心理と深く結び付いており、 つまりその理屈でいくと、ハルヒは天変地異による人間の大量死を願望として抱いていたことになる。 しかし、それがありえないことを俺は知っている。ハルヒ自身が自分の周りにいる宇宙人、未来人、超能力者に 気づかないことが何よりの証拠だ。ご察しの通り、これら3者はハルヒの願望によって出現したものであり、 にもかかわらず、ハルヒはそれらの存在を認知していないという矛盾した二重構造を成している。 これは一体どういうことか?ハルヒは願望としてはいてほしいと願っていても、それらが現実に 存在しうるわけがないという、いわゆる常識的かつ理性的な感情を密かに抱いている… というのが事の真相だ。分かりやすくいえば、ハルヒは【常識人】なのである。 例えば去年の夏、孤島での出来事。ハルヒが何かしらの事件が起こることを熱望していた最中に 起こった殺人事件。結果として古泉ら機関による自作自演劇だったわけだが、つまりはハルヒは、 事件は事件でも人が死ぬといった常軌を逸したものは望んではいなかったというわけである。 さて、いい加減納得してもらえただろうか。つまりハルヒは根本からして破壊願望など 抱くことはありえず、よって今回の事態もハルヒ本人が引き起こした可能性はゼロに近いのである。 …… 問題は解決したはずなのに、喉に何かがひっかかったかのようなモヤモヤ感…これは一体何だろう? …… 単なる夢…ハルヒのせいでないのなら、あれは単なる夢だったということになるが、 それにしては妙に感覚が生々しかったのはなぜだろうか? そもそも夢の中というのは本来痛みを伴わないはずである。漫画やアニメ等で 夢か否かを判断するために頬をつねったりする光景はもはや誰もが知るところであるだろうし、 まあ別に、漫画アニメに限らずともそれが通説であることはまず間違いない。 だが、俺は地震によって体を地面に強打している際 確かに痛みを感じているのである。 そうでなければ…夢の中で数時間にわたって気絶することなどありえない。 さらに言うべきは、俺が夢の内容を一部始終はっきりと…まるで本当に体験したのではないか? と言っても差支えないくらい鮮明に覚えているということ。たいてい、夢というのは見ていても 忘れる場合がほとんどだし、仮に覚えていたってそれを事細かに記憶しているケースはまずない。 そして、極めつけはハルヒの尋常ではない様子。 『助けて!』『あたし自身が怖い』『あたしを守って…』等の言動 …… どう客観的に捉えたって、あれは俺に助けを求めていたとしか考えられない。 もしかしたら、ハルヒはそれを伝えるために俺の夢に何らかの干渉を… いや、さすがにこれは考えすぎか。痛みはともかくとして、この場合は【単なる夢】でも説明がつく話だろうし…。 …… いかん、考えれば考えるほどわけがわからんくなってきた。 もうこの夢に関しては考えるのはよそう、いくら考えたって明確な結論など出やしないさ。 ただ、念のために一応話しとく必要はあるかもな…。 「もしもし、俺だ。」 「何か…用?」 俺は電話をかけた。ありとあらゆる方法でこれまで異常事態解決に尽力してきてくれた… そう、長門有希に。SOS団員に助けを求めるとなれば、思いつくのはまずこのお方であろう。 「昨日の夜、ハルヒに何かおかしなことはなかったか?」 「…通常の閉鎖空間に限っては昨日は発生していない。」 「通常のって…それはどういうことだ?」 「昨日の夜から深夜にかけてごく小規模な閉鎖空間が発生するのを一度だけ観測した。ただし、 それは通常の閉鎖空間とは異なり、空間形成を司る中核体が脆弱だったため内部組織を維持できず、 発生してわずか2.63秒で消滅した。ただそれだけのこと。」 「そうなのか…でも、小規模でも閉鎖空間ってのは、やっぱハルヒはストレスか何かを貯め込んでるってことか?」 「そのへんについては深く考える必要はない。そもそも昨日の閉鎖空間のレベルではストレス、 いわゆる欲求不満自体があったかどうかすら判別不可。単に涼宮ハルヒが無意識下に引き起こした、 あくまで誤差の範囲内での反応と見なすのが現状では一番。」 …? 「わかりやすく例えるならば、ある人間が喉が渇いたという理由で、 自身の一日における平均水分補給量にプラスしてコップ一杯分、その日は多く水分を摂取したようなもの。」 これは長門にしてはわかりやすい例え…なのか? 「ということはあれか、昨日の閉鎖空間はあってもなくてもどうでもいいくらい、 気にしなくてもいいものだったってことか?」 「端的に言えばそういうこと。」 なるほど、ならハルヒに何かあったわけじゃなさそうだな。俺の考えすぎか…。 「ありがとう長門!いつもいつもすまないな。」 「別にいい。しかし、なぜこのような質問を?」 「いや、なんでもないんだ。俺の気のせいってやつだな。」 「そう。」 「じゃ、また学校でな!」 「また、学校で。」 そう言って俺は長門との電話を終えた。あの万物万能の長門先生から太鼓判を押されたんだ、 ハルヒのことは特に気にする必要はなかろう。 …まだ時間はあるな。一応閉鎖空間の専門家古泉にも電話しておくとするか。もちろん、長門の言ったことは 信じてるさ。ただ、実際あの空間に出入りするやつが…昨日のあの空間をどう認識したかってのが 気になってるだけで、ようは単に感想を聞きたいだけだ。それだけのために電話をかけるのもアホみたいだが… まあ相手が古泉だし別にいいだろう。あ、いや、決して古泉をバカにしてるわけではないぞ?たぶん。 …… 「もしもし、俺だ。」 「おやおや、あなたですか。おはようございます。朝っぱらから 僕なんかに電話をかけてくださるとは、一体どういう風の吹きまわしでしょう?」 「いちいち長文句を言うな、電話きるぞ。」 「ははは、すみません。で、どういうご要件で?」 「長門から聞いたんだ。昨日小規模だが閉鎖空間が出たんだってな。」 「その通りです。まあ、現れてから数秒もしないうちに消滅してしまわれたので、 僕たち超能力者が入る余地などありませんでしたけどね。もちろんそんなわけですから、 神人も一切現れておりません。あなたが心配するようなことはないと思いますよ。」 やっぱ古泉からみても、あの閉鎖空間はほとんど害をなすもんじゃなかったんだな。 「そうか。ところであーいう現象は頻繁に起こってたりするのか?」 「いいえ、滅多に起こりませんね。とはいえ、現在の涼宮さんの精神状態には ほとんど問題はないわけですから、特に考えるべき事態でもないことだけは確かでしょう。」 そうか、それだけ聞けりゃ満足だ。 「ご丁寧に説明どうもな。じゃ電話きるぞ。」 「お役に立てて光栄です。しかしこのような質問をなさるとは、 何か涼宮さんの異変に心当たりがあるようなことでもお有りですか?」 おお、古泉なかなかお前も鋭いじゃないか。まあ、別に語らずともいいだろう…俺の杞憂で終わりっぽいしな。 「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。」 「そうですか。それではまた学校で会いましょう。」 「おう、じゃあな。」 電話終了っと。これで悩みはほぼ解消したってわけだ。一件落着だな。とはいえ内容が内容なだけに、 夢の中での凄惨な光景はしばらく忘れられないだろうとは思うが…。そんなことより、 今は目の前にある宿題だ…むしろ、こっちのが死活問題だッ!!早く朝飯食って学校行くとするか。 この段階では俺にはまだ気付きようがなかった。 あの夢が、これから起こる恐ろしい事件の序章でしかなかったということに。 飯を食い終わり、学校へと向かう俺。 「しっかし…。」 いっつもいっつも登校時に立ちふさがるこのなっがい坂は、いい加減どうにかならないのかね? 今日はまだいい。遅刻を免れるため走っていく日などは、もはやただの死神コースへと成り果てるのだから、 正直たまったものではない。学校側も学校側だ、こんな丘の上に学校を建てるなど 一体何を考えているのだろう?生徒の身にもなってほしいもんだね。切実にそう思う。 「あ、キョン君!おはようございます!」 ふと声をかけられる。この可愛らしいスイートボイスは…もはやあの方しかいないであろう。 「朝比奈さんじゃないですか。おはようございます!」 そう、まごうことなき、我らがSOS団随一のマスコットキャラクター、朝比奈みくるさんである。 「こんな所で会うなんて奇遇ですね。」 「ふふ、私もちょうど今来たところなの。…どうせだから学校まで一緒に歩いて行きませんか?」 「もちろん構いませんよ。」 いやはや、まさか登校途中に朝比奈さんに会えるとは夢にも思わなかった。さっきまで 坂がどうのこうの愚痴を吐いていた自分がきれいさっぱり消滅してしまっていたのは言うまでもないだろう。 それにしてもラッキーな日である…朝比奈さん効果で、今日も一日なんとか乗り切れそうな自分がいる。 …… そういや昨晩の夢のことをまだ朝比奈さんには伝えてなかったっけ。いや、夢の話に限っては まだ長門や古泉にも話してはいないか…あくまでハルヒの容態を確認しただけだったなそういえば。 俺が今朝、ハルヒを除くSOS団の中で朝比奈さんにだけ電話をかけなかったのには理由がある。 まず、朝比奈さんには長門や古泉のようにハルヒの様子を確認すべく技術を持ち合わせていない。 よって、ハルヒのことを尋ねたとしてもそれは野暮というものだろう。 まあ、実際は【変に情報を与えて朝比奈さんを混乱させたくない】ってのが 俺の最もなところの理由であるわけだが。いくらあの夢に異変性・特殊性を感じたところで、 所詮客観視すればただの夢にすぎないのである。あくまで夢である。そんな曖昧かつ抽象的不確定情報を べらべらしゃべってみようなどとは、俺は思わない。特に朝比奈さんのようなタイプなら尚更である… 状況を把握できずオロオロし、必要以上に心配した挙句、疲弊してしまう彼女の姿を… 俺は容易に想像できる。そういうわけで、俺は朝比奈さんには電話をかけなかった…というわけである。 「キョン君、今日は私いつもとは違うお茶の葉をもってきてるんですよ♪」 「そうなんですか。一体どんな味のお茶なんです?」 「ふふふ、それは秘密です♪放課後つくってあげるからそのときまで楽しみにしていてね。」 「それはそれは、楽しみにしときますとも!」 朝比奈さんのお茶を飲めるというだけでも幸福そのものだというのに、ましてや俺たちSOS団のために 粉骨砕身して新たなお茶を作ってくださるとは、いやはや、もはや感謝しても足りないくらいですよ朝比奈さん。 これでまた、今日一日頑張れそうな俺がいる。 …さっきから朝比奈さんに元気づけてもらってばっかだな俺。 こんなお方に例の夢のような重苦しい話など 本当お門違いというものであろう。 皆も知るように朝比奈さんは未来人なわけであるが、時々そのことを忘れかけてしまう自分がいる。 まあ、仕方ないであろう。未来人にもかかわらず、禁則事項とやらで未来のことは一切話ができないようだし 普通に接していれば、彼女がこの時代の人間ではないなどと… 一体誰がどうやって判別できようか。 未来か… 未来という言葉に何かがひっかかる。俺は何か大事なことを見落としているような… …… そうだ…俺ははっきりと覚えている。あの惨劇が起こった日は… 12月23日 夢の中に俺が身を置いていた世界での日付である。そして、あの世界の俺には【自分が高校二年生だ】 という確かな自覚をもっていた。今の俺も同じく二年生である。そして今日は11月28日。 つまりこれはどういうことか? いや、まあ考えすぎだよな。長門や古泉が異常ないと言ってるんだ、別に俺が憂慮すべき事態でも何でもない。 うん、そうだ、あれはただの夢なんだ。そうに決まってる…!とりあえず俺は、そう強く言い聞かせることにした。 「どうしたのキョン君?何か元気がないみたいだけど…大丈夫?」 おっと、いけない…思ってることが顔に出ちまったか。 まあ、あれだけ深刻に長考してりゃ、そう思われても仕方ないよな。 …ふと思ったんだが。朝比奈さんは未来についての情報をある程度把握しているはずである。 未来人なのだから当然と言えば当然なのであるが。どうする、朝比奈さんに何か聞いてみるか? 仮に何か知っていたところで、『禁則事項です。』と返されるのがオチかもしれないが… しかし何らかのヒントは得られるかもしれない。俺は当初の理念を貫き、あくまで 朝比奈さんを混乱させることだけはないよう、質問に変化球をつけて尋ねてみた。 「朝比奈さん、突然こんなことを聞くのもあれですが、何か最近変わったことは起きませんでしたか? 例えば、未来のほうから何らかの報告を受けたりとか。」 ちょっと足を踏み入れすぎた発言だっただろうか。しかし、今の俺にはこの表現が限界である。 「み、未来からですか?」 突然の思わぬ質問に動揺する朝比奈さん。 「いえ、特に何もないですよ♪」 かと思えば明るくお答えなさる朝比奈さん。内容を問うのではなく、あるかないかという類の質問なら 禁則事項とやらにもひっかからないのではないか…?という俺の読みは当たった。 「最近は何々しろみたいな指令もあまり送られてこないから私としては助かってるんですよ。 その分、時間をおいしいお茶を作ったりとか他のことに回せるわけですから♪」 いやー、なんとも幸せそうな顔をしてらっしゃる。これでは、 さっきまで長考していた自分がまるでバカに感じられる。もはや杞憂の一言に尽きるのであった。 さて、では事態がややこしくならないためにも先手を打っておくとするか。 「それを聞けてよかったです。最近の朝比奈さんは特に明るいんで、 きっとそういう面倒な指令とやらもないのかな…と思ってちょっと確認してみたんですよ。」 「あら、そういうわけだったんですね。そんなに私明るく見えますかぁ?」 「ええ、それはもう。」 「もー、キョン君ったら♪」 よし、うまく話をはぐらかすことができた。なぜ俺がこういう質問をしたのかに対して、朝比奈さんの場合は 長門や古泉のように『ああ、そうなんですか。』のごとく簡単には納得してくれそうにないと思ったのだ。 彼女のことだから、心残りになって引きずることもおおいに有り得る。ならば、先手を打って俺からそのワケを 説明したほうが、彼女もすんなり納得してくれると思ったのである。そして、それは見事に成功した。 …操行しているうちに、俺たちはいつのまにか学校へと着いていた。 これでしばし彼女ともお別れである。なんとも、貴重な時間でしたよ朝比奈さん。 「じゃあ私教室あっちだから、また放課後ねーキョン君!」 「はい、ではまた!」 名残惜しいが、朝比奈さんと別れ教室へと入る俺。そういえば、俺はかばんの中に入っている 忌々しい宿題という名の悪魔を処理しなければならないのであった。早速国木田を探そうとする。 …… 「いねーな…。」 もうすぐ朝のHRの時間だというのにあいつはまだ来ていなかった。 優等生なだけあってあいつが遅刻することなど考えられないのだが…。 「よーキョン!なんだ、国木田のやつ探してんのか?あいつなら今日休みだぜ。」 俺は体を硬直させた。 「ん?どうしたキョン?もしかしてお前も体調悪いのかよ?まあ、こんな季節だし仕方ねーっちゃ仕方ねーけど。」 確かに11月末なだけに気候は寒く、風邪をひきやすい時期というのは間違ってはいないだろう。 ただ、俺がさきほど体を硬直させた理由は…それとは別にある。 「そういうお前は元気そうだな谷口。バカは風邪ひかないってのは本当なのかもな。」 「て、てめー!人が心配してりゃいい気になりやがって!」 妹を今朝見たときも同じセリフを言ったが、また敢えて言わせてもらおう。『生きていてくれて本当によかった』と。 夢の中での谷口の死に様が、鮮明に記憶されているだけに…尚更である。 …… っと、そんな感傷に浸っている場合ではない。例の宿題をなんとかしないといけないんだったな。 いつものように、俺の後ろ席に座ってるやつに声をかける俺。 「よっハルヒ。おはよ。」 「あ、キョン、おっはよー。相変わらず間抜け面ねー。」 朝っぱらからなんてひどいことを言い出すんだこいつは。まあ、いつものハルヒだし、別に驚くことでもない。 それにしても夢の中で意気消沈してたお前は一体何だったんだろうな。やっぱ単なる夢だったんだな。 もう知ったこっちゃねーや。 「ところでな、ハルヒ…数学の宿題のことなんだが…。」 「へえ~今日は国木田が休みだからあたしのノートを写させてもらおうって、そういう魂胆なのかしら?」 う…!?まずい、ハルヒ様には全てお見通しってわけか… 「ダメに決まってるでしょ。こういうのは自分でやらないと力つかないってのは、あんたもわかってるでしょ。」 うむ、正論である。涼宮ハルヒにしては珍しくまともなことを言ったではないか。 よしよし…と感心している場合ではない。 「頼むハルヒ!これが今日中に提出だってのは知ってるだろ? 俺の学力じゃどう考えたって間に合いそうにないんだ…頼む!力を貸してくれ!」 俺は必死に嘆願してみた。…まあ、徒労に終わりそうだが。 「そうね…ま、考えてやらないこともないわ。」 マジですかハルヒさん。こりゃ意外な返答だ。 「その代わり、それ相応の条件は飲んでもらうけど。」 …… 世間は甘くない…しみじみとそれを痛感する。 「わかった…飲めばいいんだろう。で、その条件とやらは一体何なんだ?」 「それはね…。」 ハルヒの言葉に耳を傾ける俺。 「あたしに曲を作って提供することよ!!」 ザ・ワールド、そして時は動き出す …え? 曲?作る?提供? 「というわけで、頼んだわよキョン!!じゃ、これ、あたしの数学のノート。大切に使いなさいよ。」 ハルヒからノートを手渡される俺。これで宿題という不安材料は解決したわけだが… どうやら、それと引き換えに大変な問題を背負っちまったらしい。俺は。 「ハルヒ…とりあえず説明を要求するぜ。曲作りってどういうことだ??」 「イチイチそんなことも説明しなきゃいけないわけ?団員なら黙ってても 団長の心を察せられるくらいの力量はもつべきよ。」 いや、これはあきらかに何の脈絡もなしに作曲の話をだしてきたお前に問題があるだろう。 もしこの状況でハルヒの心中を見抜けたやつがいたのなら、今すぐ俺のところに来い。 洞察力のスーパーエキスパートとして、俺が称えてやる! 「…仕方ないわね。とはいえ、もうすぐ授業も始まるし話す時間はないわ。1時間目が終わったら話してあげる。」 ハルヒにしては珍しく良心的な回答だな。常識人の俺がきちんと理解・納得できるような説明を どうかそんときは頼みますぜハルヒさんよ。そう切実に思いながら、俺は宿題に手をつけるのであった。 さてさて、人間の時間概念というものは随分とまた環境に左右されるものである。TVで延々と バラエティー番組を観ていたり、はたまたファミレス等で親しい知人と会話をしていたりしたら、気付かない間に 自分の思った以上もの時間が経過していたというのはよくある話だ。人間というのは心理学上、自身が楽しい と感じている状況においては前述通りの事象が成立する傾向にあるようである。これを逆説的に捉えれば、 つまり自身が嫌だと感じる状況下では、時間の経過は非常に遅く感じてしまうのである。 ま、要は授業が俺には苦痛ってことだ。といっても俺にかかわらず大多数の万人はそう思っているに違いないが。 とりあえず朝の朝比奈さんスマイルを活力にし、俺はこの長々しい時間を乗り越えた。 「さあ、聞かせてもらうぞハルヒ。」 「あんたねえ…そんな急がなくてもあたしは逃げも隠れもしないわよ。」 おいおい、逃走でもされたら 俺はこのモヤモヤとした感情を一日中抱えたまま過ごすことになっちまうぞ。 とりあえず、説明してくれる様子で助かった。何しろ、いきなり『作曲しろ』である。こんな要求を突きつけられ、 作曲の『さ』の字も知らない人間が、一体どうやって平静を装ってられようか?いや、できるわけがないだろう…。 「今年の文化祭、あたしがギターもって歌ってたのは覚えてるわよね?」 覚えてるも何も、忘れられるわけがない。 未だにバニーガール姿のお前が目に焼き付いて離れないぜ。いろんな意味で。 「その後、あたしはENOZのメンバーから彼女たちの作った曲のデモテープとか いろいろ聞かせてもらったんだけど…改めて思ったんだけど、彼女たち凄いのよ! とても高校生が作ったとは思えない出来ばかりだったわ!!」 だろうな。音楽的素養のない俺でも、あのときは凄さを感じずにはいられなかったぜ。言うまでもないが、 この『凄さ』とは、ハルヒや長門が纏っていた変な衣装による視覚的衝動を取り除いた、あくまで 曲そのものの純粋な感想だ。メジャーなロックバンドのだす曲と比べても遜色ない出来だったと思う。 あー、ハルヒの言いたいことがわかってきたような気がする…。 「だからさ、あたし感動して!SOS団もそんなふうにオリジナルな曲を作って演奏できたらな~と思ったのよ!!」 やっぱりそうか。要はSOS団もバンドを組んでENOZみたく頑張りましょうってことか…まあ、バンド自体は 面白そうだし 別に反対しようとも思わない。長門みたいな高度なテクを求められるのなら、話は別だがな! 「ハルヒよ、大体の概要はわかった。自作曲をやるのは良いとしてだな、 なぜそれを作るのが俺なのか…そこんとこキチンと説明してもらおうか。」 もはや俺の言いたいことはそれだけだ。オリジナルをやるにしても、なぜよりにもよってこの俺が 作らにゃならんのだ??本来なら言いだしっぺのハルヒ、あるいは何でもこなす万能長門さんが 遂行するお仕事であるはずだろうに。まさかあれか、俺がSOS団の中で雑用係だからとかいう むちゃくちゃな理由じゃねーだろーな? 「だってあんた雑用でしょ。そのくらい頑張ってもらわなきゃ。」 やっぱりそうですか。団長さんよ、あんたはホント期待を裏切らないな。 悪い意味で。できれば、そういう期待ははずれてほしかった…。 「とは言ったって、別にコード進行から全楽器パートのフレーズまで、みたいな全てを考えてこいって 言ってるんじゃないわ。あんたはボーカルのメロディーライン考えてくるだけでいいの。」 ?とりあえず俺の負担は減ったとみていいのだろうか。 「メロディーラインだけ…ってのはどういうことだ?」 「あんた、まさかその意味すらわからないって言うんじゃないんでしょうね!? そこまでアホキョンだったとは思わなかったわ…心底がっかりね。」 待て待て待て待て、勝手に失望するんじゃない!さすがに意味ぐらいわかるっての! 「そういうことじゃなくてだな、それ以外の作業…例えばお前がさっき言ってた… コード進行とかいうやつか。それは一体誰がやるんだ?」 「あー、そういうことね。それはあたしがやるから、あんたが出る幕じゃないわ。」 いや、むしろ出なくてホッとしましたよハルヒさん。 …… まあ、こいつがコード進行を担当するっていう理由はなんとなくわかる。ハルヒのことだ、 このSOS団バンドにおいても、ENOZ同様ギターボーカルでコードバッキングに徹するつもりなのだろう。 最もコードが絡む役柄なだけに、本人がそれをやったほうが良いっていうのはあるんだろうな。 「他作業の分担具合はどうなってるんだ?」 「他はそうね、有希はギターフレーズ、みくるちゃんはキーボードフレーズ、 古泉君にはドラムとベースのフレーズを作ってもらうつもりよっ!そうそう、歌詞はあたしが作る予定。」 おお古泉よ、お前は二つも楽器フレーズを作らにゃならんのか。どういうわけかは知らんが、 これも副団長の務めと思ってせいぜい頑張ってくれ。 …ん?待てよ 「今のフレーズ担当を聞いてまさかとは思ったんだが、 誰がどの楽器を担当するかってのはもう決まってたりするのか?」 「あったりまえじゃない!あたしはギタボ、有希はギター、みくるちゃんはキーボード、古泉君はドラム。 …そしてキョン!あんたはベースよ!」 どうやら俺はベースをマスターせにゃならんらしい。 「それはどうやって決めたんだ?」 「イメージよ!」 「……」 まあ、正直ベースでよかったと密かに思ってはいる。少なくともギターだけは絶対嫌だったからな… こいつが求めてそうな高等テクは長門にしかできそうにないし。ベースならそこまで目立つわけでもないし、 何より俺自身が低音好きな人種だからな。他メンバーの楽器具合にも大体納得だ。 特に長門がギターなのは…もはや誰もが賛同するところであろう。 「最初みくるちゃんにはタンバリンでもやらせようかって思ってたんだけどねー、 実際それするとドラムの音にかき消されちゃうじゃない?同じ打楽器だから役割かぶっちゃうし。」 いや、それ以前の問題だろう…そもそもバンドでタンバリンなんて聞いたことないのだが… まあ、ハルヒのその判断は適切だろうよ。ギターやベースの横で必死にタンバリンを叩く不憫な朝比奈さんなど 見たくないからな。光景自体には萌えたりするかもしれんが、それとこれとは別問題だ。 「大体のところはわかった。で、俺はメロディーに専念するわけだが、まずは曲作りの土台ともなる コードを知る必要があるぜ。長調なのか短調なのか、みたいに曲調がわからなけりゃ作りようがないからな。 というわけで、そこは任せたぞハルヒ。」 「何言ってんの?あんたがまずメロディーを作るのよ!」 何やらハルヒは意味不明なことを言ってきた。 「ちょっと待て。そりゃ一体どういうことだ?」 「だから、あんたのメロディーをもとにあたしがコードを作るってことよ。」 …とりあえず、俺はこの言葉を言わせてもらおう。 「順序が逆じゃないか?」 「つべこべ言わない!とにかく作ってくること!いいわね!?特に期間は設けないけど、 あんたが作らなきゃこっちも作りようがないんだから!なるべく早くお願いね!!」 もうここまで来ると手のつけようがない。わけがわからないが、 とりあえずここは同意しておこう…それが賢明ってもんだ。 さてさて、操行するうちに2時間目が始まってしまった。 とりあえずさっきからのモヤモヤ感が解消したって点でさっきよりは快適な授業を送れそうだ。 まあ、それでも、俺にとって授業が苦痛であることには変わりないわけだが。 午前の部を経て、時は昼休み。ところで、ここで俺はある深刻なことに気付いたんだが…。 「どうやってメロディー作りゃいいんだ…??」 やり方がわかっていても、そのために必要な設備を俺は持ち合わせてはいないではないか。 ピアノやギター等の楽器で音を鳴らさない限りメロディーが把握できないのは自明であるが、 残念ながらこれらは家にない。つまり実行不可というわけである。 「詰んだな…。」 とりあえずハルヒに話してみるか。もしかしたら何か貸してくれるかもしれん…という淡い期待を抱き、 教室を見渡すが、すでにハルヒの姿は見当たらなかった。もう食堂へ向かったというのか…相変わらず 行動の速い奴だ。とはいえ、別に焦る必要もないだろう。どうせ放課後になれば否応にも例の部室で ハルヒと顔を合わせにゃならんくなるんだし、そのときにまた事のあらましを聞けばいいだけだ。 ってなわけで、ひとまず落ち着いた俺は用を足しにトイレへと向かった。 …… 「おや?こんなところで会うとは奇遇ですね。」 学校のトイレで他クラスのやつと対面する、この状況の一体どこが奇遇だと言うんだ?? 完璧に奇遇の使い方間違ってるぞ。 「それもそうですね、失礼しました。ところでどうされたのです?何か浮かない顔をしてますが。」 どうやら古泉から見て、俺は浮かない顔とやらをしていたらしい。ハルヒの例の命令で、俺は無意識のうちに 若干鬱ってたのか、それとも古泉の洞察力が鋭かったのか?まあそんなことはどうでもいい。 「実はだな…」 俺は事の詳細を簡潔に説明した。 「なるほど、そういうことですか。実はその話については僕も聞き及んではいましたよ。」 何、そうなのか。 「それについてもっと込み合った話をしたいところですが、さすがにここで立ち話はなんですね…。」 確かに、トイレの手洗い場で長話を延々とするわけにもいくまい。 「どうせですし、部室へでも行って話をしませんか?昼ごはんもそこで食べればいいでしょう。 もしかしたら長門さんもいるかもしれませんし、悪い提案ではないと思うのですが。」 長門か…あいつならいろいろ知ってそうだな。というか、あいつが知らないことなんて ほとんどないような気もするが。とりあえず俺達はトイレを後にし、部室へと向かった。 「あ、キョン君に古泉君!どうしたんです?」 なんと、朝比奈さんまで部室にいらっしゃった。ちなみに隣には長門が顕在である。 「いえ、ハルヒの思いつきで始まった作曲云々の話でも古泉としようと思って ここに来たわけですね。朝比奈さんはどうしてここに?」 「私も同じなんです。どうしたらいいかわからずに…とりあえず、長門さんに聞けば何かわかるかなあと思って。」 そりゃそうだ。いきなり曲を作れと言われ取り乱さない人間などどこにもいない。 つくづくSOS団員はハルヒに振り回されてんだなと実感する。 「まあ、とりあえずご飯でも食べながら会話といきませんか?」 古泉が言う。言われなくてもそうするさ。 …… さて、一体何から話せばいいのやら。 「あなたは確かメロディーラインの作成でしたよね?それについて何かわからないことでもお有りですか?」 なんだ、俺の役割もすでに把握してんのか。 「いや、別にそれ自体には問題ないんだが…作曲の手順というかな、メロディーの後に ハルヒがそれにコードをつけると言ってたんだが、順序が逆のように思えてな。 コードとかで曲の雰囲気がわからなけりゃ、普通メロディーも作れねーんじゃねえかと思ってな。」 「なるほど、確かにメロディーは曲の中核なだけに、材料もなしにゼロから作り出すというのは かなり難しい作業ですね。しかし、逆もありですよ。涼宮さんの立場になったとして、 いきなりゼロからコードを作りだすことも難しいとは思いませんか?」 「それはそうなんだろうが…少なくとも前者よりは容易いだろう?コードは基本CDEFGABの 7通りとその派生しかないが、メロディーなんか無限大に作れるじゃねーか…。」 「おっしゃる通りです。コード進行にはパターンが限られてますからね…現に最近の邦楽がその証拠ですよ。 有線やラジオから流れてくる音楽を聴いて、どこかで聴いた覚えがあるようだと錯覚したことはないですか?」 確かに…あるな。もしかして俺が最近の音楽をあまり聴かない理由はそれか? まあ、単に俺が流行に疎いって可能性もあるが、90年代のJ-POPで満足してる感はあるような気はする。 「あの山下達郎さんや坂本龍一さんですら、そのことについては言及していますからね。 今の曲が過去曲の焼き直しのように感じるのは決して気のせいではないでしょう。」 「おいおい…なら、なおさらメロディーから作り出すってのは理不尽すぎんじゃねーのか? やっぱこれに関してはハルヒを説得する必要があるように思えるぜ。」 「それが好ましいやり方だとは僕は思いませんね…。」 好ましくないってのはどういうことだ古泉?お前は、俺が苦しむ姿を見たいってか? 「まさか、滅相もないです。そうではなく、もしこれが涼宮さんが望んでいることなのだとしたら、 あなたはそれを叶えてあげなくてはいけないのではないですか?」 …いや、何を当たり前のことを言っとるんだお前は。 ハルヒが俺に命令してる時点で、つまり望んでるってことじゃねーか。 「そういうことではなく、涼宮さんはあなたが何事にも縛られず、 純粋に感じたままのメロディーを一から作り出してくれることに期待しているのですよ。 簡潔に言えば、涼宮さんはあなたのメロディーをもとにコードや歌詞を付けたいと思っているわけです。」 「俺に期待されてもな…そもそもなぜそれが俺なんだ。」 「まさか、あなたはそんなことも理解していなかったのですか?涼宮さんはあなたのことが… いいえ、言うのはよしておきましょう。正直あなたがここまで鈍感だったとは思いませんでした。」 「涼宮さんが可哀相です…。」 「…鈍感。」 な、何だ何だ??先程まで二人っきりで会話を交えていた長門や朝比奈さんまでもが いきなり古泉との会話に割って入ってきたぞ??しかも全員そろって俺を非難ときた。 いや、いくら俺でも言わんとしていることはわかる。わかるが…ハルヒがそういった感情を俺に抱くとは、 正直考えられねーんだけどな…この3人の考えすぎなのではないかと思う。 「落ち着いてくれ3人とも。とりあえず、メロディーから作らにゃならんって状況だけは理解したさ。」 しかしゼロからの出発…か。ハルヒも酷なことを求めるものだ…。 「まあまあ、気を落とさないでください。」 気を落とさないで一体どうしろと言うんだ古泉よ。 「あなたからすれば、【メロディーからコード】の順番は、いつもの涼宮さんのごとく 荒唐無稽な手法に思えるのかもしれませんが、実はそうでもないんですよ。 この作成法はプロの作曲家やアーティストも普通にやっていることなんですから。」 何、そうなのか?? 「本当です。というのも、そっちのほうが想像が膨らみやすいという方も世の中にはいるらしく。 つまり、メロディーから作るのかコードから作るのかは本人の資質しだいだということですよ。」 そりゃ驚いた。もっとも、俺がどっちの資質かはわかりようもないが…とりあえず安心はした。 ハルヒの勅令から来る特例的なやり方ではないとわかっただけでも、不安材料が一つ解消したようなもんだ。 「しかし古泉、お前妙に音楽に詳しいな。」 「実は自分、中学時代バンドをしていた経験があるんですよ。そういうわけで、知ってるところもある、 といった感じでしょうか。もっとも、僕の場合は一時的なものでしたので、継続的にライブ活動している 人達からすれば、僕の知識や経験など取るに足らないものでしょうけどね。」 そうだったのか…そりゃ初耳だ。まあ、こいつが自分の過去を語るなど 今までほとんどなかったからな。今度機会あったらいろいろ聞いてみるとしよう。 「つまり、お前はそのときドラムをやっていたというわけだ。」 「おやおや、バンドパートのこともすでに涼宮さんから聞いていたというわけですね。ご明察です。」 「俺はベースみたいなんだが…果たして大丈夫なんだろうか。やったこともいらったこともないんだが。」 「大丈夫ですよ、楽器は慣れですから。今度僕が教えてあげます。」 こいつはベースもわかるのか。万能だな。 「いえいえ、単に【ベースがドラムと同じリズム隊だから】に過ぎませんよ。バンドにおける この二つの楽器は役割が似てるんです…ゆえに詳しくなるのも必然といったところでしょうか。 リズムは演奏する上での絶対条件ですからね。極論を言えば リズムさえ合っていれば ギターやキーボードがどうであれ、グダグダには聴こえないというわけです。」 ベースは地味なもんだと思ってたが、結構重要な役割担ってんだな…まあ、よくよく考えてみりゃ 重要じゃない楽器なんてあるはずない…か。そんな楽器は、そもそもバンドポジションとして定着していない はずだしな。しかしあれか、もしかして楽器初心者は俺だけという構図か?それなら、尚更プレッシャーも かかるというものだが…。隣にいる女子二人の会話も落ち着いてきたみたいなんで、ちょっと尋ねてみるとする。 「朝比奈さんはキーボードやったことはあるんですか?」 「キーボードはないんですけど、ピアノなら何年か習っていたんですよ。」 朝比奈さんにピアノ…可憐な彼女にはなんとも相応しい楽器だ。 「それなら何を長門に聞いていたんです?弾けるのなら特に問題はないように感じますが。」 「えっとですね…私が言ってるのはそういう技術的な問題じゃなくて機能的な問題なんです。」 機能?キーボードのことか。そういやあれってボタンがたくさんあるよな… やっぱいろいろと多彩な機能がついているんだろうか。 「ひとえに鍵盤楽器といっても、キーボードはピアノと違ってストリングス、シンセリードみたいな 独特な音を使い分けなきゃいけないの。エフェクトのかけ方だって知らなきゃいけないみたいで…。」 なるほど…キーボードもいろいろと大変のようだ。 「つまり、そのあたりを長門に聞いたり確認していたというわけですね。」 「その通りです♪あと、長門さんに聞いていたのはそれだけじゃないの。 さっき古泉君がキョン君に【ベースとドラムのバンド的役割は似ている】って言ってましたよね?」 ええ、言ってましたね。 「同じように実はキーボードとギターも役割が似ているの。音をリードしていったり 飾り気をつけていくようなところがね。そのへんの調節具合を彼女と話していたの。」 「ギターとキーボードの関係上、どちらかが目立ちすぎると片方の音を殺してしまったりといった あまり好ましくない事態に発展しますからね。いつ、どちらがメインになるかやサポートに回るかなど、 そのへんの折り合いをつけていたというわけですね。」 「古泉君の言うとおりです。」 なるほど、なかなか的確でわかりやすい説明だったぞ古泉。やっぱ経験者は違うな。 「もっとも、そのへんもまずは曲のメロディーやコードがわからないことには何もできませんから… 曲調によって使う音やメインな楽器も違ってきますからね。というわけで、頑張ってね!キョン君!」 朝比奈さんに頑張れと言われて頑張らない男などまずいるのだろうか? いたら今すぐ俺のところに連れてこい!俺が一刀両断してやろう! …… さてさて、ところで俺は何か根本的なことを忘れているような気がするんだが… そもそも俺は当初ハルヒに何を聞こうとしてたんだっけ…。 そうだ、思い出した。なぜこんな大切なことを今まで忘れていた? 「古泉よ、俺がメロディーを作るってのはさっき言ったが、それをするための楽器や設備を 俺は持ち合わせていないんだ。そのへんハルヒは何か言ってなかったか?」 こればかりはいくらやる気があってもどうしようもない。 「そのへんは心配無用です。ENOZさん達との縁もあってか、軽音楽部の皆さんが楽器や作曲用ソフトを 貸してくれるみたいですよ。ここでいう楽器とは、あなたで言うならベースのことですね。」 マジか、なんて親切な人たちなんだ…ベースに作曲用ソフトか…ありがたく使わせてもらおう。 これでひとまず問題は全て片付いたというわけだ。まさか放課後までに解決できるとは思ってもいなかった… これもSOS団みんなのおかげだな。感謝するぜ古泉、朝比奈さん、長門。 キリのいいところで昼休み終了を告げるチャイムが聞こえる。弁当も食べ終わった俺たちは それぞれの教室へと戻り、再び忌々しい午後の授業へと励むのであった。 時は放課後。ようやく今日の授業から解放された俺は、後ろの席に座っている団長様に声をかけた。 「ハルヒ、今日は数学の宿題見せてくれて本当にありがとな。なんとか放課後の提出までに間に合ったぜ。」 「お礼は別にいいわ。それにしたってねえ…あたしだって本当はこんなことしたくなかったのよ。 他人のノートを写すだけなんて、朝にも言ったと思うけど一時しのぎにしかならないのよ! テストの時とか困るのはあんたなんだからね。次はないと思いなさいよ!」 「お前の言うとおりだ。以後気を付けるさ。」 「その代わり例のバンドのやつ、頑張ってよね!!あたしに合った最高のメロディーを考えてくるのよ!!」 「おいおい、俺はお前じゃないんだからさ…お前に合った最高のメロディーとか言われてもな、 抽象的すぎて把握しかねるぞ。」 「頭を捻りだしてでも考えるのが団員の務めってものでしょう!? 大体、音楽に具体性なんかないわ。あんた、そのへんわかってないみたいね。」 むむむ…確かにこいつの言ってることも一理ありそうだ。 「否定はしない。だがな、ならせめて曲調だけでも言ってはもらえないか。 お前に合った音楽をやりたいのなら、まず俺はお前の感性を問う必要があるぞ。」 「じゃ逆に聞くわ。あんたから見たら、あたしはどんな感じの曲が合ってそうに見えるの?」 そうくるとはな。ここはバカ正直に言っておくか。 「ありえないほど明るい曲だ。」 …… ん、なぜ黙るんだ?何か俺変なことでも言ったか?? 「あ、いや、あんたにしては珍しくストレートに言い切ったなあ…って感心してたのよ。 いつも何かと回りくどい言い方をするしね。」 回りくどくて悪かったな。 「それに、さっき音楽に具体性がないって言ってたのはお前だろ? なら、俺も理屈だの何だのそういうものは要らないと思ったんだよ。」 「ふーん…なかなか飲みこみが早いじゃないの!」 笑顔を輝かせるハルヒ。ようやく俺も臨機応変な対応をとれるまでに成長できたってことか… いや、慢心はいけないな。これからも気をぬかず頑張るとするか。 「で、結局俺がさっき言った曲調はお前的にどうなんだ?」 「いいんじゃない?あたしそういうの好きだし。にしても、どうしてあんたはそう思ったわけ?」 「単刀直入に言おう。イメージだ。それ以上でもそれ以下でもない。」 本当に単刀直入に言ってしまった。まあ、別にいいだろう。ちょうどお前が俺をイメージという理由で ベースを割り当てたのと同じ理由さ。理屈じゃないってのはまさにそういうことなんだなと、しみじみ感じる。 「イメージか…あたしってあんたにそこまでプラスに思われてたのね。」 プラス?ああ、そうか、こいつは明るいってのを良い意味でとっているというわけか。どちらかというと、お前の 【明るい】ってのはクレイジーに近いんだが…もっとも、それを言うのはやめておく。大惨事を引き起こしかねん。 「じゃあ、そういう曲調で作ってきてよね!これで話はオシマイね。」 「おいおいちょっと待て。他に何か追加注文とかはないのか?Aメロやサビはこんな感じにしたいとか。」 「そのくらい自分で考えなさい!それに、あたしのイメージ像を捉えられたあんたならきっと作れるわよ!」 おや、ハルヒに太鼓判を押されたようだぞ。その言葉、ありがたく受け取っておくとしますよ団長様。 「あ、いや、一応伝えておくべきことはあったわね。あたしの音域についてよ。」 音域…そうか、すっかり忘れていた。どこまで高い声や低い声が出るかというのは、人間それぞれ 十人十色のはずである。危ないところだった…もし俺がハルヒが歌えないキーの低さや高さで作っていたら、 一体何と言われたことか。特に前者においては注意せねばなるまい。男と女で音域が違うのは当たり前、 ゆえに、男の俺が無自覚のまま作っていたらキーが低音によりがちという事態になりかねない。 「高さの限界は高いD♯、低音は低いB…と言ったところかしら。」 …D♯だと??確かDでも女性にしては高いほうだったはずだが。 それからさらに半音上げとはな…歌手レベルじゃねーか。すげえなお前。 「わかった、把握したぜ。その枠内に収まったメロディーラインを作ってくるとしよう。」 「お願いね!ちなみに、特にこれといった期限は設けないわ。今のところバンドで何かに出れるような イベントもないしね。でも、早いのに越したことはないから、そのへんは胆に命じときなさいよ!」 へいへい、命じておきますとも団長様。 さてさて、いつもの通り部室へと向かった後、俺たちSOS団員は団長ハルヒによる一連の音楽活動の 布告を正式に受け…かといってそこから何か具体的な活動ができるかというとそうでもなく、とりあえず俺は 古泉とボードゲームを、朝比奈さんは編み物を、長門は読書を、ハルヒはネットサーフィンをという 毎度お馴染みの団活を過ごした後、今日のところは解散となった。 玄関へと着いた俺は自分の下駄箱を開けてみたわけだが、なんと中に手紙が入っているではないか。 …今回は一体誰からのどういう要件なのだろうか。ごく普通の男子高校生なら、下駄箱に手紙という シチュエーションにトキメキを隠さずにはいられないのであろうが…残念ながら、俺はごく普通の男子高校生 などではない。ハルヒと出会ってからというもの、俺はあまりに非日常的経験をしすぎてしまった。ゆえに、 俺はこういう手紙に対し、一般認識を持ち出すことができない思考回路へと変質してしまっているのである…。 手紙をもらって朝比奈さん大(ここで言う朝比奈さん大とは、未来からやって来た大人朝比奈さんのことである) に会ったこともあったし、今は亡き朝倉涼子に呼び出され殺されかけたこともあった。 せめて面倒ごとだけにでも巻き込んでほしくはないものである…そう願いながら、俺はその手紙を開封した。 その内容は以下のようなものだった。 『こんにちは!お元気にしていますでしょうか?いきなりこういう突然の手紙をよこしたことをお許しください。 キョン君の身の回りで近いうちに不穏な動きがあります。どうか、未来にはお気をつけください。 では、幸運を祈ってます 朝比奈みくるより』 …… なるほど、差出人は朝比奈さん大のようだ。しかも先ほどの願いも虚しく、 どうやらこれは…俺にとって良い知らせとは言えないようである。 「不穏な動き…ねえ…。」 朝倉の俺への殺人未遂、ハルヒや長門による世界改変、藤原&橘一派による朝比奈みちる誘拐事件、 天涯領域による雪山遭難事件に匹敵するような何かでも…これから起きるということなのだろうか? そして気になるべき点は、この『未来にはお気をつけください。』の文章である。 『未来』というのが一体何を指しているのか…? …ええい、考えていても一向にわからない。とりあえず、『未来』というワードを 心の奥底にしまっておくとしよう。何か、事態を打開できる重要なヒントなのかもしれない。 しかし… 「変だな…。」 こういう重大な案件ともなると、手紙よりも本人が出向いて直接口頭で説明してくれたほうが 効率的なのではないか?一応周りを見渡してみるが、人の気配はない。 っ!足音がする…誰か来る…! …… 「部室のカギ返してきたわよー、ってキョン何つったんてんの?」 かと思えばハルヒだった。いかん、少し朝比奈さんの手紙で過敏になりすぎてたな。 「あ、いや、ちょっとぼーっとしてしまってな。」 「もう、しっかりしなさいよね。そんなんじゃ年寄りになっちゃう前に痴呆になっちゃうわよ。」 相変わらずひどい言い草だな…まあ、ハルヒは置いとくとして、この件については長門に相談するのが 一番だろう。もっとも、今日はすでに帰っちまってるようだが。…よく見りゃ古泉と朝比奈さんもいないのな。 「何してんのキョン、帰るわよー。」 考えてもラチがあかないのでハルヒと一緒に帰ることにした。 「ところでキョン、何か最近変なこととか起こったりした?」 一瞬ビクンとなる。変なことと言われさっきの手紙のことを思い出す俺。 まさか、ハルヒに何か心当たりでもあったりするのか…? 「特にねえな…ハルヒは何かあったりしたのか?」 「無いからあんたに聞いてんじゃない!SOS団が発足してからというもの、あたしたちは力の限り 不思議探索に努めてきたわ!けどね、いまだ何かしらそういう大それたものは見つかってないじゃない!? そんな状況にあたしは憤りさえ感じてるのよ!!こんなに懸命に探してるっていうのに!!」 いつものハルヒだ。心清いほどにいつものハルヒだった。 そんなこんなで奴とも別れ、自宅へと着こうとしていたとき…玄関の前に誰かがいることに気がついた。 あれは…もしかして大人朝比奈さんか?? 「あ、キョン君!お久しぶりです!」 やはり朝比奈さん大であった。まあ、あのグラマーすぎる体型に 栗色に輝いた髪を見れば…遠くからでも認識可能というものであろう。 「ど、どうしたんです?こんな場所で?」 「えっと、キョン君に伝えたいことがあって…落ち着いて聞いてください。 これからキョン君は大変なことに巻き込まれていくんですけど…」 嗚呼…やはり、また何かの渦中に俺は置かれてしまうというわけなんですね… まあ覚悟はしていたんで、別にそこまでのショックはないというものです。あきらめる的な意味で。 「特に藤原くん達の勢力には気を付けてください。それを心得ていれば、きっと未来は良い方向へと 好転するはずです…じゃあ時間がないんでもう行きますね。どうか気をつけてねキョン君!」 「え、あの、ちょっと…!?」 …… 颯爽と立ち去っていく朝比奈さん大。もう少し話がしたかったところだが、 何か彼女も急いでいたようだったし…仕方がないというものだろう。それにしても 「あの手紙の『未来』ってのは藤原のことだったんだな…。」 藤原は以前朝比奈みちる誘拐事件に関わっていたメンバーの一人である。 そしてヤツは朝比奈さんと同じ未来人でもある。『未来』ってのが藤原一派の未来人集団だと考えれば、 確かに合点もいく。…なるほど、これで不安は解消したというわけだ。後は藤原たちの動向に気を付ける… それさえ徹していればOKということだろう。 俺は帰宅し、疲れた体を風呂で癒した後、夕食を食べた。 明日の準備をし終えてベッドに横になった。これで後は、明日に備えて寝るだけである。 …それにしても、何か違和感があるのは気のせいだろうか…? …… そうだ…あの手紙は一体何だったのだろうか? 朝比奈さん大が直接俺に出向いて『藤原』という特定の個人名を出してきた時点で、 あの手紙に意義はなくなった。言うまでもないが、あの手紙の差出人は朝比奈さん大である。 (執筆的に以前のと字体が似ていたことから、あれを書いたのは朝比奈さん大で間違いないとは思うのだが…) にもかかわらず、なぜ彼女は手紙で未来に注意を促すよう喚起した後、再び俺に会って 直接伝えるといった二重行為をしてしまっているのか…俺に会うつもりでいたのなら、 そもそもあの手紙自体に意味はなかったはずなのであるが…。 まあ、とりあえずは藤原たちの動向を警戒するに越したことはないだろう。そう結論を下すことにする。 いろんなことを一日中考えすぎてしまっていたせいか、睡魔が予想より早く襲ってきた。 今日はもう寝るとするか…俺は静かに目を閉じた。 まさか、このとき下した結論がどれだけ迂闊で軽率なものだったか …近いうちに、俺はそれを痛感させられることになる
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「バンドを結成するわよ!」 そんな声が聞こえた途端、俺は何度目か数えるのも忘れてしまうほどの偏頭痛に襲われた。 ただ今、耳の張り裂けんばかりの大声でバンド結成宣言をブチ上げてくれたのは 我らがSOS団団長涼宮ハルヒその人である。 毎度毎度のことながらハルヒがこのように突発的な思い付きを宣言する時は 決まって何かの騒動に巻き込まれることになる。 それはこのSOS団という得体の知れない団に1年半以上も身を置いてきた俺にとっては 火を見るより明らかな話なのである。 今度は一体何だって言うんだ? 「で、いきなりまたどうしたんだ?」 俺は、これまた毎度毎度になるお決まりの質問を投げかける。 するとハルヒは、満面の笑みで答える。 「文化祭のステージに立って演奏するのよ!」 俺はこれまたこの1年半で何度目になるかわからない溜息をつく。 ふと顔を上げると、すっかりお馴染になったSOS団のメンバー達が思い思いのリアクションを取っている。 朝比奈さんは、急なハルヒの宣言にオロオロしている。 何かイベントとなる度に、またけったいな衣装を着させられ、晒し者になるのを恐れているのだろうか。 俺としては、新しい衣装のバリエーションが見れるのはそれはそれで何とも魅力的な・・・と妄想は置いておこう。 長門は、じっと置物のような静けさを保ったまま、ハードカバーの分厚いSF小説に目を落としている。 その姿には正直リアクションなんてものは認められない。まあ、いつものことだがな。 古泉は、相変わらずのニヤケ顔を浮かべてやがる。 こいつも長門同様、ハルヒの突然の宣言に驚きを見せていない。 ・・・というか急に目配せをするな。俺に向かって微笑むな。気色悪い。 さて、俺も周囲の観察ばかりしていないで、いつものようにクールなツッコミ役に戻らなければならないな。 「ちょっと待て、ハルヒよ。俺達は既に自主制作映画を文化祭で上映する予定じゃないか」 そうなのである。我々SOS団は今年の文化祭に出展するための映画を現在鋭意制作中なのである。 一応去年の映画の続編という位置づけらしい。 が、相変わらず超監督様の考える脚本・演出方針は俺には到底理解不能であり、 相も変わらず頑張りすぎのバニーガール服やウェイトレス服を着させられ、 未来から遣ってきた戦うウェイトレスという普通の感受性を持っているならば 間違いなく失笑モノの役を演じさせられている朝比奈さんのオドオドした姿には同情の念を禁じえない。 まあ、そのキワドイウェイトレス服と舌足らずな台詞回しに俺が微妙に萌えているのはナイショだ・・・。 そして、その映画の撮影自体が超監督の気分と創作意欲の赴くままに行われているため、いつクランクアップするのかは全くの未定である。 仮に無事クランクアップに辿り着いたとしても、その後俺には地獄の編集作業が待ち受けていることは確実であろう。 ちなみに文化祭まではあと1ヵ月と少しというところだ。 「文化祭まではあと1ヵ月しかないぞ。今撮ってる映画だっていつ出来上がるかわからないんだ。 普通に考えて、バンドなどやっている時間なんか無いだろう」 俺は極めて常識的な反論を述べた。しかし、そんな俺の常識論がハルヒに通用しないことはわかりきっていた。 「何よ、1ヵ月もあれば十分じゃない。これしきのことで音を上げるようじゃ団員として失格よ」 ハルヒがそう言ってくるのは予想していた・・・。 「それにバンドをやるったって、俺は楽器なんか何も出来んぞ。」 うむ。これまた常識的な反論だ。しかしハルヒは全く意に介さない。 だったら今から練習すればいいじゃない。1ヵ月あれば楽器のひとつやふたつ余裕でしょ。」 そりゃあお前や長門にとっては余裕だろうが・・・。 「とにかく!コレはもう決定事項なの! 私達SOS団が文化祭のステージをジャックして、 熱い演奏を繰り広げてオーディエンスの魂を揺さぶるのよ!」 この急展開に俺の魂はもう色々な意味で揺さぶられっ放しなのだが・・・。 「そうすれば、私達の宣伝にもなるし――」 既に宣伝の必要もないほどSOS団は有名だ。得体の知れない怪しい集団としてだがな。 「この学校のどこかに潜んでいる宇宙人、未来人、超能力者にもいいアピールになるわ!」 その必要はない。何故ならそれらは既に皆この場所に集まっている。 「さあ、そうと決まったらまずはパート決めね!」 そんな心の中でのツッコミもハルヒに聞こえているはずはなく、 どうやらSOS団でのバンド結成と文化祭出演がいつの間にか正式に決定してしまったようだ・・・。 さて、バンドのパート決めである。 ハルヒがボーカル&リズムギター、長門がリードギターというのは最初から決まっていたらしい。 2人とも去年の文化祭での経験者だしな。 思い起こせばハルヒ&長門が急遽乱入したあのENOZのライブは確かに凄かった。 ここだけの話、普段音楽なんて殆ど聴かない俺でも少し感動してしまったしな。 あのライブの反響はかなり凄まじかったようで、その後、高い評判と共にENOZのデモテープは校内で瞬く間に大量に出回り、 ENOZの面々は北高生なら知らないものはいない程有名人となった。 メンバーが皆3年生のため、今はもう卒業してメンバーは皆バラバラの進路に進んだそうだが、現在でも活動を続けているらしく、 地元のライブハウスでは定期的にライブを行っているらしい。自主制作でCDを出すなんて噂も耳にした位だ。 もしかたらいつの日か彼女達がメジャーデビューするなんてこともあり得るかもな。 それにあの時、まさに熱唱と言っていいパフォーマンスを見せたハルヒは少し輝いて見えた。ほんの少しだけだぞ? そういえばあのライブの後、ハルヒは「今度はSOS団で出よう」的なことを言っていた気がする。 あの時はただの思い付きからの発言でその内ハルヒ自身も忘れているだろうと思っていたが・・・甘かったか。 それで肝心の残りのパート決めの方であるが―― 朝比奈さんがキーボード兼コスプレでの舞台の飾り、古泉がベース、俺がドラムということになった。 ドラム!?俺に出来るのか!?まあ、キーボードでもベースでも同じことなのだが・・・。 因みに俺のこのパート配置の理由はハルヒ曰く、 「なるべくフロントには見てくれがイイ人材が立ったほうがウケがいいでしょ。 だからキョンは後ろでドラム叩いてなさい。」 だとさ。いじけるぞ、チクショウ・・・。 そして、そんな勝手極まりないパート配置に未経験者達の反応はというと―― 「ふええ~。楽器なんか出来ないですよ~。」 と、嘆く朝比奈さん。確かに彼女にはコスプレはともかくキーボードは荷が重そうだ。 女の子なら誰でもピアノとかそれなりに弾けそうなイメージがあるがこの人の場合はカスタネットやタンバリンの方が似合いそうだもんなあ・・・。 「ふむ。さすが涼宮さん、すばらしいパート配置ですね。」 とは偉大なるイエスマン古泉の弁。というかお前、ベースなんか出来るのか? 「未経験ですね。でも男は度胸、何でも試してみるものですよ。きっといい気持ちですよ。」 非常に前向きな姿勢は素晴らしいが、今の台詞に鳥肌が立ったのは俺だけか!? さて、パートが決まってからは、まさに急展開であった。 楽器と練習場所が必要ということになると、ハルヒは朝比奈さんを連れ、軽音楽部の部室に向かった。 数分後、満足げな笑みを浮かべたハルヒと目に涙を溜めた朝比奈さんが戻ってきた。 ご機嫌なハルヒは開口一番―― 「楽器と練習場所は確保できたわよ。親切な軽音楽部の部員さんが私達に貸してくれるわ。 ああ、楽器はもらっちゃってもいいみたいだけどね。」 と、のたまった。 この際、ハルヒが軽音楽部の部室で何をやらかし、朝比奈さんがどんな被害を受けたのかは聞かないでおこう・・・。 そして肝心の演奏曲についてハルヒは―― 「去年ENOZでやったGod Knows...とLost MyMusicはセットに入れましょ。 あとオリジナルも必要だろうから私が何曲か適当に作っておくわ。」 と、のたまった。コイツは作曲まで出来るのかよ。 ホント勉強といいスポーツといい才能には困らない奴だよな。少しぐらい俺に分けてくれたってバチは当たらんぞ。 バンド名はこれまたハルヒの案により『SOSバンド』に決まった・・・。そこ、笑っていいぞ。 もう少しマシなネーミングがあってもよかったとは思うが、ハルヒ的にはあくまでも 『S(世界を)O(大いに盛り上げるための)S(涼宮ハルヒの)ロックバンド』でなければならなかったらしい・・・。 こうして我らがSOSバンドは、本格的に文化祭に向けての練習を開始したのである。 さて、とある日の放課後、SOS団の面々はとある空き教室に集まっている。 この教室はどうやらハルヒが練習場所として元々の所有者である軽音楽部から強奪してきたものらしい。 楽器も全て用意してある。勿論これらも全て軽音楽部の部員から強奪したものであろう。 全く、コンピ研からPCを強奪したときから何も成長しちゃいないな・・・。 「さあて、こうして楽器も練習場所も揃ったことだし、早速練習をはじめましょ!」 ハルヒが満面の笑顔で言い放つ。 「ちょっと待て。練習を始めるのはいいが俺や朝比奈さんや古泉は全くの楽器未経験者だ。 いきなり曲を演奏できるわけはないだろう。」 今日の練習に際し、俺達はハルヒから曲の詳細も何も聞かされていないし、楽譜も受け取っていない。 まあ、楽譜があったところで音楽の成績が良くても3である俺には理解不能であろうが。 「そんなのは後でいいのよ。今日はパフォーマンスの練習よ。」 パフォーマンス?俺達はバンドじゃないのか?それともライブはライブでもお笑いライブに出場するつもりなのか? 「いい?ライブにおいて重要なのは演奏の質も勿論だけど、観客の視覚に訴えるパフォーマンスやアクションなのよ。 いくら演奏が上手くても、ボーっと立ちっぱなし、下向きっぱなしじゃ面白くないでしょ?」 まあ確かにな。しかしだからといってパフォーマンスか。 「そこで今日は演奏中のパフォーマンスの練習よ。まずは有希!」 相変わらず無言で突っ立っている長門。肩からは大層重そうなギターをぶら下げている。 なんでもギブソンという有名なメーカーのギターでかなり高価なものらしい。生憎俺には価値はわからないが。 そしてなぜか長門は、映画の衣装であるあの黒ずくめの魔法使いの格好である。確かに去年のライブはこの格好だったが・・・。 小さな身体に不似合いな大きなギターを肩からぶら下げ、黒ずくめで佇む長門の図は何だかシュールだ。 「そうね、有希は黒魔術にご執心の不気味なギタリストという設定でいってもらうわ。 演奏中は黙々とギターを弾いているけどギターソロになるやいなや、歯で弾き出すのよ! そして、最後にはギターに火をつけ、アンプに叩きつけて破壊、アンプも爆破させる! ってのはどうかしら?」 ちょっと待て。黒魔術にご執心まではいいとして、何だ歯弾きってのは。虫歯になるぞ。 それに爆破なんて起こしたらステージどころじゃないぞ。文化祭も中止だ。 しかしそんなハルヒの無理な要求にも長門は眉ひとつ動かすことなく首肯した。 といっても俺にしかわからないような首を2ミリほど動かしただけのものであるが。 「次はみくるちゃんね。そうね、みくるちゃんにはまずバニーの衣装でステージに立ってもらうわ。 可憐な萌え萌えキャラクターながら、凄まじい演奏をテクニックを持つっていう設定よ。 その反面、キーボードを逆さから弾いて最後にはナイフを鍵盤に突き刺すという狂気の演奏をしてもらうわ!」 ずいぶん物騒だなオイ。というかあの天使のようなお方にナイフなんか扱えるのだろうか・・・。 ツッコむところはそこではないだろうとは言わないでくれ。俺も現実を見つめるので精一杯なんだ・・・。 朝比奈さんは相変わらずオロオロとした様子で「ふ、ふぇ~、そんなコワイことできませ~ん・・・」 と、おっしゃている。しかし朝比奈さん、バニーの衣装を着てステージに立つのはアナタ的には構わないのでしょうか・・・? 「古泉君はベースよね。それならライブ中ずっと全裸で演奏する変態ベーシストって設定はどうかしら。 もしどうしても恥ずかしいなら靴下ぐらいなら着けてもいいわよ」 それはもはや警察沙汰だ。というか靴下を着けるって何だよ。履くんじゃないのか。 それに着けるなら着けるで一体どこに? 古泉も古泉だ、「いいですねぇ」なんて普通に受け入れてるんじゃねえ。 次はドラムの俺の番だ。どんなムチャなことを言われるかとドキドキしていると―― 「キョンはドラムでしょ。だったら、ドラムセットごとグルグル空中で回転するぐらいのことは必要ね」 と、当たり前のように言い放ってくれた。なんじゃそれは、サーカスの見世物か俺は。それ以前に物理的に不可能だろ・・・。 「で、お前は何もやらんのか?そのパフォーマンスとやらは」 呆れ果てた俺はハルヒに疑問を投げかけた。するとハルヒはフンと鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべ 「私はボーカルだからね。フロントマンがそんな小賢しいことしてもしょうがないわ。」 と、当たり前のようにのたまってくれた。じゃあそんな小賢しいことをさせられる俺達は何なんだ。 まあ、こんなトンデモな発言の連続にさしもの俺もこれ以上反論する気力を失ってしまったのだ。 もうなるようになれ・・・。 さて、肝心の演奏の方であるが、流石というべきかハルヒと長門は上手いのだコレが。 長門の指は目にも留まらぬ速さで動きまくり、素人の俺が聴いても凄いとわかるようなフレーズを次々に弾きこなす。 もはやマーク・ノップラーやブライアン・メイどころじゃない。 メロディアスなソロ、攻撃的なリフ回し、どれをとっても非の打ち所がない。 きっとコイツはどんなにハルヒに高度な演奏の要求をされても2秒後には完璧に実践してみせてしまうだろう。 そしてハルヒである。コイツはやはり歌が上手い。 相変わらずの月まで届きそうなほどの澄み切った声である。音程もリズム感もばっちりで俺も思わず聴き惚れてしまう。 それにギターもかなり上手くなっている。正確無比なコードカッティングを次々にキメている。 去年の文化祭の時には「殆ど担いでるだけ」なんて言ってたけど、あれから練習でもしたのだろうか。 それに比べ、肝心の俺達未経験者組はというと――ひどい有様である。 朝比奈さんは、ハルヒの歌と長門のギターにあわせ、何とかキーボードの鍵盤を適当に押さえているだけである。 「ブーカ、ブーカ」と非常にマヌケな音だ。 「ちょっと!みくるちゃん!そこのコード間違ってるわよ!」とハルヒに怒鳴られても 「コ、コードってなんですかぁ~?キーボードのコードならちゃんとコンセントに刺さってますよ~」 と、流石に俺でもわかるコードについて何ともベタな勘違いをしている。 俺のドラムも酷いものだ。ハルヒが言うにはまずリズムキープが出来ていないらしい。 何度も言うように、俺は昔から音楽の授業は苦手だったんだ。 小学校の合唱のときも適当に口パクでお茶を濁していたし、リコーダーのテストだってよく出来た試しがない。 そんな俺にドラマーとして十分なだけのリズム感を求める方が間違っているのだ。 大体、両手両足をバラバラに動かすのなんて無理だ。全部一緒になっちまう。 辛うじて古泉のベースは何とか形になっているもの、俺と朝比奈さんの奏でる不協和音でバンド全体のアンサンブルは滅茶苦茶だ。 ハルヒの機嫌も目に見えて悪くなってきている。 「ああ、もう!2人とも酷すぎるわ!特にキョン!あんた真面目にやってるの?」 勿論真面目にやっているとも。両手両足が一緒に動いてしまうのは仕様なのだ。如何ともし難い。 「こうなったらいっそアバンギャルドなノイズ音楽というコンセプトに変更したらどうだ?」 「だから、アホなこと言ってないで真面目にやりなさい!!」 おお怖い、怖い。もう少しで鉄拳が飛んできそうな勢いである。 ともあれ、前途多難なSOSバンドの滑り出しに俺も正直不安を隠しきれない。 本当に文化祭に間に合うのだろうか? そこからの数日は壮絶を極める多忙な毎日であった。なんせバンド練習と映画撮影の掛け持ちだ。 平日は授業終了後すぐに映画の野外ロケに出かけるかバンド練習、そして土日は丸ごと野外ロケに費やされている。 もはや家にいる時間より、SOS団の活動に費やされる時間の方が長いくらいだ。 そんなある日、バンド練習のため、軽音楽部から強奪した空き教室にSOS団の面々は集まることになっていた。 するとそこで俺は驚くべき光景を目の当たりにすることになる。 あれから、俺のドラムの腕は全くと言っていいほど上がっていなかった。そりゃあ1日や2日でいきなり上手くなるわけはないのだが。 ああ、今日もまたハルヒにヘタクソと怒鳴られるな、と思いながら俺は教室のドアを開けた。 するとそこには古泉がいた・・・。いや、古泉がいるのは別にいいのだが。問題は古泉がしていることだ。 俺より先に教室に来て自主練習に励んでいたと思われる古泉の演奏は凄いことになっていた。 「バチン、バチン」と鋭い音をはじき出すベース。その音を紡ぎ出している古泉の指は目にも留まらぬ速さで動いている。 正直言ってムチャクチャ上手い。最初からコイツはそれなりに形になってはいたが、いつの間にこんなに上手くなったんだ? 呆けている俺に気付いたのか、古泉はアンプのスイッチを切り、俺に視線を向けるとニコリと気味の悪い笑みを浮かべた。 「おや、いらしていたのですか?ああ、今の演奏はですね、スラップと言って親指で弦を弾くようにして演奏する ベースギターの奏法の1つでして・・・。」 俺は古泉の薀蓄を無視して言葉を投げる。 「そんなことはどうでもいい。お前いつの間にそんなに上手くなったんだ?楽器なんか未経験って言ってたよな?」 古泉はニヒルな笑みを崩さず、 「それには深いワケがあるようでして・・・。」 と、なんとも歯切れの悪い反応を寄越してくる。 そして驚きはそれだけではなかった。そのあとすぐにやってきた朝比奈さんのキーボード演奏である。 もうお分かりかもしれないが、朝比奈さんの演奏も凄いことになっていた。 ついこの間までは、指一本で鍵盤を押さえるというどこかのイギリスのニューウェーブバンドの女性メンバーのような 素人丸出しの演奏しか出来なかった朝比奈さんが今では10本の指を駆使し、流麗なフレーズを弾きこなしている。 俺は古泉にしたのと同様の質問を朝比奈さんに投げかけた。しかし彼女も、 「それがよくわからないんです・・・。」 という曖昧なお答えを俺に寄越したのみであった。 その後、その日はクラスの掃除当番で遅れていたハルヒと長門がやってきて全員での練習が行われた。 ベースとキーボードの目を見張るような上達のおかげか、バンド全体のアンサンブルもかなりマシな ものになってきている。俺のドラムは相変わらずヒドイが。 「うん、今日の演奏はなかなか良かったわね!みくるちゃんも古泉君もその調子よ! 映画の撮影も順調だし、我がSOS団が文化祭を牛耳る日も遠くはないわね。」 やっとまとまってきた演奏にハルヒも上機嫌である。 「それじゃあ明日もまた放課後はこの教室に集まって練習よ。私も新しいオリジナル曲を作らなくちゃいけないし 今日はそろそろ帰るわ。それじゃあ解散!」 そう言い残すとハルヒは颯爽と教室を出て行った。 「さて、今度こそ詳しく事情を話してもらおうか」 俺は古泉に詰め寄った。 「お前と朝比奈さんは全くの初心者だったはずだ。いつの間にこんな上手くなったんだ?」 古泉は少し真剣な顔になり、抑えた口調で 「別に特別な練習をした訳ではありません。 あえて言うならば今日この教室に来てベースギターを手に取った時から上達したとでも言いましょうか・・・。」 と答えた。 「それじゃあ何か?今日いきなり上手くなったとでも言うのか?」 「そうですね。まさにそういうことになるかと」 訳がわからん・・・。俺は質問の対象を変える。 「朝比奈さんも同じですか?」 朝比奈さんは肩をすくめ、答える。 「そうです・・・。私も今日この教室に来たときから・・・。 何て言うのかな・・・キーボードを目の前にしたら自然に演奏の仕方がわかったっていうか・・・ 自然と指が動いたというか・・・そんな感じでした」 ますます訳がわからん。それともアレか? 長門のようにいわゆる未来人的だったり超能力者的な力でも使って弾き方を一瞬で覚えたのか? 「そんな力私にはありません・・・」 「同じく僕もですね。しかし、このようになった原因はあなたなら判るのではないですか?」 こうなった原因?俺に判るわけなんて・・・まさか・・・。 「ハルヒの仕業か?」 俺は最も考えたたくない、しかし同時に最も信憑性のある原因を思いついてしまった。 「はい。僕は今回の件は涼宮さんが原因ではないかと踏んでいます」 そうだった・・・。ハルヒの「力」のことを俺は失念していた。 去年の映画撮影の折、朝比奈さんの目から得体の知れないビームを発射させ、 猫に人語を喋らせ、土鳩を真っ白な鳩に変え、秋の川沿いの遊歩道を満開の桜で覆いつくしたのは 誰でもない、涼宮ハルヒがそうなるよう無意識に願ったからなのであった。 今回の状況もそれに似たものなのだろうか。 古泉は静かに語りだす。 「涼宮さんは、僕達の余りの稚拙な演奏に大いに不満を感じたのでしょうね。 そしてその不満以上に、何とかバンドの演奏を素晴らしいモノにしたいという思いが強かったのでしょう。 その結果、僕と朝比奈さんは一晩にしてプロ並みの腕前を持つミュージシャンに改変されてしまった・・・ ということでしょう」 「そうですね・・・。私もそうなんじゃないかって思います」 もう1人の当事者である朝比奈さんも同意した。 確かに古泉の説には一理ある。俺はこの説にさらなる確実性を求め、 最も信頼に足る答えを出してくれるだろう存在へ話を振ってみた。 「長門、お前はどう思う?」 黒魔術師の衣装のまま、それまで一言も発することのなかった長門が静かに答えた。 「涼宮ハルヒが情報の改変を行ったのは事実。 その結果として短時間で朝比奈みくると古泉一樹の演奏技術が向上した。」 参ったねこりゃ。これは本気でハルヒの仕業ということで確定の赤ランプが灯ってしまった。 しかし、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。 そう、朝比奈さんや古泉とは対照的に俺のドラムの腕は全く向上していない。 今日も曲のテンポを乱す度何度ハルヒに睨まれたことやら、というほどだ。 ハルヒは俺達の楽器の腕に不満だったんだろ?バンド全体のレベルを上げようと思ったんだろ? そしたらなぜ俺だけヘタクソなままなんだ? その疑問は予想していましたとばかりに張り切って古泉が答える。 「それはですね、あなたが涼宮さんにとって重要な存在だからですよ」 は?重要な存在だと? 「そうです。涼宮さんはあなたのことを誰よりも信頼している。 だからこそ、どんな無理なことを自分が言い出してもあなただけは自分についてきてくれると思っている。 つまり、あなたならば自分が手を下さずとも、きっと努力の末上達して素晴らしい演奏をしてくれると思っているのです」 いくらなんでもそれは買い被りだろう。 「それでも涼宮さんにとってはそうなんです。 これからの涼宮さんの機嫌如何によっては例の閉鎖空間も発生しかねません。 今後の世界の命運は、あなたにかかっていると言っても過言ではありません。」 文化祭の出し物ごときで世界の危機かよ。情けないな、世界。 「それだけ涼宮さんは今回の文化祭のステージを楽しみにしているということでしょう。 実際、練習初日は我々の演奏の余りの酷さに、その夜小規模ながらも閉鎖空間が発生したのですよ?」 そうだったのか・・・。 「とにかくあなたが涼宮さんの期待に応えることが必須なんです」 古泉の説は正直トンデモ過ぎて俄かには信じられないものだった。 しかし長門も朝比奈さんもどうやら古泉の説に信憑性を感じているらしい・・・。 俺も随分重い責任を背負ってしまったものだ。ああ、頭が痛くなってきた・・・。 ハルヒの力によって楽器の腕がいつの間にかプロ並みになってしまった朝比奈さんと古泉のおかげで 我がSOSバンドの演奏も当初に比べればかなり聴けるものになってきた。 しかし毎日のように続く映画撮影とバンド練習。 前者では雑用係としてこき使われ、後者では一向に上達しないドラムの腕にハルヒからお怒りを受ける。 そんな日々に俺は体力的にも精神的にも限界に来ていた。正直かなりしんどい・・・。 そしてついに決定的な事件が起きてしまった。 文化祭本番もあと2週間程に迫ったある日、SOS団の面々は軽音楽部から強奪した空き教室で バンド練習に励んでいた。今演奏している曲はLost My Music―― ハルヒが去年の文化祭で熱唱した曲のうちの1つである。 あまりにも壮絶な4人の演奏に俺も何とかついていっている。 一応俺だって教則本を読んでみたりとドラムの腕を向上させようと努力をしている。 しかし、やはり限界がある。今だって段々と他の楽器と合わなくなってきている。 まだ両手両足も一緒に動いてしまうし・・・。 もしSOSバンドがメジャーデビューするとしたら俺はアルバム一枚で解雇だろうな。 独裁的なボーカリストとギタリストの兄弟に4文字言葉でこき下ろされて・・・。 って長門はそんなことは言わんだろうし、ハルヒと長門が兄弟なんて事実は無いが。 なんとなくふと思っただけさ。 すると、突然ハルヒがギターをかき鳴らしていた手を止め、腕を上げ、大きく振っている どうやら演奏を中止しろ、という合図らしい。 バンドの音がピタッと鳴り止むとハルヒは俺の方に振り向いた。おお、怒ってる怒ってる。 「ちょっと!キョン!また遅れてるじゃない!」 そう怒鳴るな。唾が顔にかかるだろ。 「そんなのどうでもいいわよ!全く、コレで今日あんたのせいでやり直しは何度目だと思ってるの!?」 俺だって努力してるんだがな。 「結果の伴わない努力に意味は無いわ! 有希やみくるちゃんや古泉君はあんなにいい演奏をしてくれるのに!」 今日のお前はいつに無く攻撃的だな。一体どうしたんだ? 「全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!」 いつもだったらコレぐらいのハルヒの暴言は心の中でツッコミを入れるだけで流すことが出来ただろう。 しかし、何度も言うが今の俺は体力的にも精神的にもヘトヘトだ。 そんな状況で俺も少し気が立っていたのかもしれない。 『全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!』 この言葉を聞いた途端、急に視界が紅く染まったそうな錯覚に陥り、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してしまった。 「じゃあどうしろっていうんだよ!!俺はドラムなんかやったことはないんだ!! いきなり一丁前の演奏をしろだなんて無理があるんだよ!!」 俺の怒鳴り声に場は静まり返る。 古泉と朝比奈さんは呆気に取られた表情だ。長門の無表情さもいつもより機械的になっているようにさえ感じる。 「大体な、俺は普通の人間なんだよ!! お前や長門や朝比奈さんや古泉とも違う一般人なんだよ!!才能に恵まれている奴等とは違うんだ!! そんな俺に1ヶ月でドラムをマスターするなんて無理に決まってるだろうが!! お前の我侭には付き合いきれん!不満だって言うなら解雇にでも何でもしやがれ!!」 朝比奈さんは「けんかはだめなのです~・・・」と震えながら小声でつぶやいている。 古泉は今にもハルヒに殴りかかってしまいそうな俺をいつでも止められるよう、身構えている。 長門は相変わらず静観してことの成り行きをよりいっそう機械的な目で見守っている。 そんな状況が視界に入っていながらも俺の怒りはまだ収まらない。 沸騰したマグマが煮えくり返っているかのように身体の奥が熱い。 そして俺が続けざまに次の怒りの言葉を吐き捨てようとした時・・・ ズンガラガシャーン!! 思わず目を閉じてしまうほどけたたましい音が俺の耳に入った。 目を開けるとそこは天井だ・・・って天井? どうやら俺は仰向けにひっくり返っているらしい。 視点を戻すと、そこには俺の前に仁王立ちしているハルヒ、そしてその後ろにはグチャグチャに崩れたドラムセット。 そしてヒリヒリと痛い俺の顔面。鼻血も出ているかもしれない。 ここまでの状況から推理するにどうやら俺はハルヒにドロップキックをお見舞いされたらしい。 ドラムセット越しにか。どうやらさっきの音はハルヒがドラムセットに突っ込んだ音だったようだ。 ってハルヒよ、痛くないのか・・・? 何だか急に冷静になってしまった俺と対照的に、尻餅をついたまま見上げるハルヒはワナワナと震えている。そして・・・ 「このバカキョン!!!!」 耳をつんざくような怒鳴り声。俺はもう一撃ドロップキックを食らうこと覚悟した――が ハルヒはそのまま背を向けるとスタスタと歩いていき、乱暴にドアを開閉する音のみを残し、教室から出て行ってしまった。 シーンと静まり返る教室。 どうやら事態は最悪の展開を迎えてしまったようだと、俺は急激にクールダウンしていく脳ミソで考えていた。 「やってしまいましたね」 その静寂を破ったのは古泉だった。 「これでは去年の映画の時と全く同じ展開ですよ。あなたはもっと冷静な人だと思っていましたが。 おっと、この台詞も2度目ですね」 ああ、そういえば去年も同じようなことがあったな。 「状況もあの時とまさしく一緒です。閉鎖空間を生みかねない行動は慎んでほしかったのですが・・・」 五月蝿い。俺だって我慢の限界だったんだ。 「それでもです。前にも申したようにあなたは涼宮さんにこの上なく信頼されているんです。 その信頼を裏切るような真似をしてもらっては困るのですよ」 ドロップキックが信頼の現われってことか? 「まあ確かにあなたの気持ちもわかります。今日の涼宮さんの怒り具合は少々異常でしたし・・・。 とりあえず現段階では閉鎖空間の発生は確認されてないようですが・・・安穏とはしていられません。 去年と同様になるべく早いうちに仲直りしてください」 俺の意志は無関係なのか?お前はハルヒが良ければ俺のことなどどうでもいいって言うのか? せっかく収まりかけた怒りが古泉の発言のせいで再燃してしまった。 俺は古泉にまたもや感情的な言葉を吐き捨てる。 「とにかく無理なものは無理だ。俺は解雇されたってことでいいだろう。 ハルヒのドロップキックもそれを肯定したってことで俺は理解した。 アイツの我侭に付き合うのも限界だ。後は勝手にやってくれ。 ドラマーも軽音楽部の部員から適当に代役を立てればいいだろう。 お前はせいぜい灰色空間で巨人相手にハルヒのご機嫌取りでもしてろ」 再燃した怒りは止まらない。 「そういう訳だ、俺は抜けさせてもら・・・」 パシンッ!!! 乾いた音が静まり返った教室に響く。 その音が朝比奈さんが俺の頬を叩いた音だと気付くまで数秒かかった。 その細腕で平手打ちを食らったところでさっきのドロップキックに比べれば蚊が止まったくらいの痛みしか感じないはずである。 そのはずなのに、何故だろう、叩かれた頬がどんな屈強なレスラーの平手打ちを食らうよりもヒリヒリと痛いように感じるのは・・・。 見れば朝比奈さんは目に涙を溜めている。 「そんな言い方はあんまりです!!涼宮さん、泣いてましたよ!?」 そうなのか・・・気がつかなかった。 「涼宮さんは決してキョン君に悪気があった訳じゃありません!私にはわかります! 涼宮さんは本当にキョン君のことを信頼しているんです!絶対です! 確かにちょっと言い方は酷かったかもしれないけど・・・。 それでもキョン君だけは涼宮さんの気持ちをわかってあげなきゃいけないんです!」 朝比奈さんがここまでストレートに己の感情を吐露するのは初めて見る。 その驚きに俺の怒りは再度クールダウンしかけてきている。我ながら単純な精神構造をしていると思う。 「キョン君はそんな投げやりなことは言いません!言わないんです!」 そう言い終えると、朝比奈さんも駆け足で教室を出て行ってしまった。 俺と古泉と長門。3人だけになった教室は朝比奈さんが出て行ってしまったことでまた静寂さを取り戻した。 「すいません。僕も少々言い過ぎました」 その静寂を破ったのはまたしても古泉だった。幾分申し訳なそうな口調である。 「結局のところ、これはあなた自身の問題なのかもしれません。 僕がいくら口を挟んだところで肝心なのはあなた自身の意思。 今日、家に帰ったらもう一度よく考えてみるといいかもしれませんね・・・」 そんな言葉を残し、古泉も出て行ってしまった。 残されたのは俺と長門。 それまでずっと機械的な目をしてことの成り行きを見守っていた長門に 冷静になった俺は急に質問を投げかけたい気分になった。 「なあ、俺の言ったこと。お前も間違ってたと思うか?」 数秒の無言の後、長門は静かに答える。 「わからない。 でもあなたが涼宮ハルヒに信頼されていること、そして涼宮ハルヒに とって重要な人物であるということは確か」 「ということは、お前も俺がハルヒの信頼に応えるべきだと思っているということか?」 「情報統合思念体の方針からすれば、それが望ましい。 現在の涼宮ハルヒの精神状態では危険な情報爆発を生む可能性がある」 やはり、お前もそうなのか。 「ただ――」 長門は言葉を続けている。 「ただ?」 「一個体としての私は、あなたを信頼している。 あなたならこの状況を打破できると、信じている」 そう言い残すと長門も教室から出て行ってしまった。 教室に残されたのは俺1人。ドロップキックと平手打ちを食らった顔面がヒリヒリと痛む。 それ以上に胸の奥がヒリヒリと痛む、そんな錯覚にするにはリアル過ぎる感覚を俺は感じていた。 1人教室に残された俺。 朝比奈さんの、古泉の、長門の言葉が頭から離れない。 そしてハルヒ。朝比奈さんはアイツが泣いていたと言っていた。 もしそれが本当なら、俺がハルヒを泣かしたことになるのだろうか・・・。 そんな自問自答をしてみても、熱くなってみたり冷めてみたりとさっきから忙しすぎる程 グルグルと回っている俺の思考回路じゃ考えもまとまらない。 とりあえず俺も帰ろう。それで古泉の言うようにもう一度良く考えてみよう。 そう思い、俺はドアに向かってトボトボと歩き出した。 ふと視線を落とすと、床に何かが落ちている。 ほとほと疲れきっている今の俺の洞察力では本当ならそんな落し物には気付かないはずだった。 しかし何故だろう。自分でも不思議なのだがなぜかその落し物はまるで俺の視界の範囲内に 急に現れたのかのように、それでいて最初からそこにあったかのように床に転がっていた。 それは1枚のMDだった。MDにはラベルが貼られている。 『文化祭 新曲』 とシンプルに、それでいて勢いに任せて書きなぐったような字で書いてある。 そこまで確認して、俺はこのMDの落とし主が誰であるかすぐに思い当たった。 このMDはハルヒのものだ。 あいつはバンド結成&文化祭出演に際し、オリジナル曲の作成を宣言していた。 これはきっとそのオリジナル曲のデモテープか何かなのであろう。 これまた自分でも不思議なのだが、俺は無意識の内に当たり前のようにそのMDを拾い上げ、鞄の奥に滑り込ませていた。 家に帰り、トボトボと自分の部屋への階段を上がる。 途中、俺の帰ってきたことに気付いた妹に声をかけられたようだが、正直返答する気力もない。 そんな憔悴しきった俺を見かねたのか、 「キョンくんどうしたの、何だか元気がないよ~?」 妹は妹なりに心配してくれているらしい。 すまんな。俺にも色々と事情があったんだ。それでも心配してくれるのは兄としてちょっと嬉しいぞ。 俺は妹の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。 「キョンくん、くすぐったいよ~」 どこぞのマンチェスターの不良兄弟にもコレぐらいの兄弟愛を見せてほしいものだ。 部屋に入り、バネの壊れたブリキのおもちゃのごとくベッドに座り込んだ俺は鞄の中からさっきのMDを取り出す。 この中にはハルヒが作曲したオリジナル曲が入っているに違いない。 よく見ると、ラベルには『文化祭 新曲』という文字以外にも小さな字で何やら書いてある。 どうやらそれはハルヒが考えた曲のタイトルのようだった。 1.パラレルDAYS 2.冒険でしょでしょ? 3.ハレ晴レユカイ …何ともハルヒらしいぶっ飛んだタイトルばかりである。 そして俺はまたもや無意識の内に自分のポータブルプレイヤーにそのMDをセットしていた。 ――結論から言うと、ハルヒの才能には感服するしかない。 俺が聴いた3曲はどれもまだあくまでもデモテープの段階であり、 内容としてはハルヒがギターやピアノの弾き語りでメロディーを口ずさんでいるものだった。 歌詞も殆ど出来上がっていない未完成な演奏ながらも、その3曲をバンドで演奏した時のイメージもありありと浮かぶほどだ。 そんな俺の脳内イメージ基準では、どの曲もオリコン10位以内になら入ってしまいそうな程、そのクオリティは高い。 しかしハルヒはこの短期間に3曲も仕上げてしまったのだろうか?アイツの突発的な性格は俺もよくわかっているし、 バンド結成宣言をブチ上げるまでに書き溜めていた曲ということはないだろう。 この2、3週間映画の撮影とバンドの練習に追われていたのはハルヒも似たようなものだ。 (勿論、体力的・精神的な疲弊の度合いは俺の方が上ではあるが) そんな短い、しかも多忙を極めたこの期間にこれだけクオリティの高い曲を書いたハルヒ。 一体お前をそこまで突き動かしているものは何なんだ? それともお前にとって、このただの思いつきの産物としか思えないバンド活動はそこまで大切なものなのか? 俺は完全に冷静さを取り戻した思考回路をフル活用してこの青春の悶々とした悩みについて思索を巡らせている。 すると少しずつ、ハルヒに対する罪悪感が生まれてきたような気がする。あくまで少し、だがな。 「しかし全部で5曲か・・・。 いくらなんでも未だ初心者レベルの俺にはやはりちとキツイのではないか?ハルヒよ」 そんな独り言を嘆いたところで答えは返ってこない。 悶々とした夜は更けてゆく・・・。 明くる朝、そんな悶々とした気分は晴れることもなく学校へと着いた俺はクラスの教室の前で立ちすくんでいた。 俺の懸案事項はただ2つ、ハルヒは学校に来ているのか? もし来ているならばどう接したものか?ということである。 考えていても仕方ないと思い切ってドアを開けると・・・ なんのことはない。ハルヒはいつもの席に座っていた。 ちなみに予想はついているかもしれないが一応補足しておく。 俺とハルヒは2年時も同じクラスであり、そしてなぜか席の配置も1年時と全く同じなのである。 古泉が言うには 「涼宮さんがまたあなたと一緒のクラスに、そしてまたあなたの真後ろの席になることを望んだからですよ」 とのことらしい。 その割には国木田や阪中といった面々、 そしてハルヒ自身もあんなにウザがっていた谷口も同じクラスなのは一体どういう訳だか。 ハルヒは頬杖をついて窓の外を眺めている。 その行動自体はいつものことだが、やはり今日は不機嫌なオーラがどことなく出ている。 その証拠に俺が前の席に腰掛けてもハルヒは何のリアクションも示さない。 これは触らぬ神に祟りなし、だな・・・。 その後4時間目の途中まで、ハルヒは窓の外を見つめたままであったようだ。 ようだ、というのは俺は前の席なもんだから後ろの様子がよくわからないからである。 やはりハルヒはまだ怒っているのか・・・そう確信を強めた時、 バイブレータの振動が俺の携帯にメールの着信を告げた。 送信者は古泉。 「昼休みに中庭まで来ていただけませんか?」 だとさ。 昼休みである。俺は古泉の呼び出しに応じ、中庭へと歩を進めている。 ちなみにハルヒは昼休みになるや否やどこかへ行ってしまった。 しかし古泉には昨日散々叱責を受けたはずだが。まだ何か言い足りないことでもあるのだろうか。 中編へ